「兄貴」 「目覚めたか、流沙」 あぁ、と応えれば、兄…風紋がくすりと笑う声が聞こえた。萌々香は車椅子を動かし、流沙を風紋の隣まで連れて行く。 「すまなかったね、流沙」 「えっ、いや…俺こそ、ごめん。エスとか……っ薔薇、が……」 彼女のことを思うと、声が震えた。が、胸元を掻き毟りながらもなんとか平静を保つ。すると、風紋が流沙の胸元に置かれた手に手を重ね、そして、ぎゅっと握り締めた。 「取り戻そう、薔薇戦争を」 神に愛された者の中で最強でありながら、誰よりもか弱い乙女である愛しい薔薇。その華は、流れゆく沙と共にある。流沙は深く息を吸い、兄の手の下にある自分の手で拳を握った。兄の笑みが濃くなる。 「ならば、思考しよう。どうすれば薔薇戦争を取り戻せるのか」 風紋は流沙の胸元から手を離し、再び窓際に移動する。そのまま彼が机の上に置いてあったリモコンを操作すると、向かって左側の壁にモニターが現れた。 「まずは今回の襲撃者の話をしよう」 そして映し出されるのは、防犯カメラの映像だろう、襲撃者の姿を捉えた映像だった。一つに束ねた黒髪、整った顔、紛れもないあの男の姿。 「"希望の空"」 「………は…?」 「そう呼ばれる者だ」 高性能なのだろう、映像は襲撃者の空色の瞳も鮮明に映し出している。 希望の空、という名は、まるで。 「我々と同じだ」 映像の中の自分が見えない何かに吹き飛ばされる姿を見つめていた流沙は、兄の言葉に頷く。頷かずにはいられなかった。 「…あいつ、自分達のことを、"見捨てられた者"っつってた」 「だろう」 兄の返答に、バッカじゃねーの、と流沙の背後で萌々香が呟く。 「巷でウワサの、萌々香達の模倣組織でしょォ?」 「あぁ、中身こそ我々と同じ特殊能力者の集まりだが、組織としての規模は小さい。我々がいる限り、日向には出て来れない者達だ」 「そんな奴らがなんで薔薇嬢と流沙の休暇を狙ってこれたワケ?ロクな情報網もねーんでしょーに」 萌々香の肘が流沙の頭頂部に置かれる。どうやら頬杖をついているようだが、今の流沙にあれやこれやと言い返す気力はない。それを知ってか知らずか、萌々香ははぁと溜息をついて流沙の頭に体重を預けていく。正直なところつらいが、今はそれどころではない。 「我々のことをここまでよく知る人は、一人しかいないよ」 兄の言葉に、流沙は思い当たる節があった。風紋の高校時代の先輩であり、今はかなり優秀な情報屋をしているという、 「あのオニーサンが裏切ったってワケ?!」 神見愛者御用達ということで、勿論萌々香も彼の存在を知っている。流沙の頭に肘を食い込ませ前のめりになりながら彼女は声を荒らげる。さすがの流沙もこの場合は「ちょっ、痛い、萌々香、」と訴えざるを得なかった。しかし彼女が退くはずもない。流沙が溜息をつく傍ら、風紋は顎に手を当て真剣な顔をしていた。 「…否、あの人が我々を裏切るなんてことはあり得ない。メリットがないし、むしろデメリットだらけのはずだ。何せ、こちらには先輩の所にいる暗殺者と対等にやり合える薔薇戦争や和舞がいるからね」 「でも現にこうなっちまってんじゃん!」 「分からないが故に、先輩の情報を得た"見捨てられた者達"の手の内が気になると思わないかい?」 萌々香が言葉を詰まらせる。風紋は笑みをたたえたまま、指を鳴らす。すると、無風の室内に風が起こり、そして…仲間達が、いた。風紋は彼らを見渡し、口元に浮かぶ弧をさらに深めて。 「さくら」 「仰せのままに」 桜色の髪の彼女は、普段は閉ざされている白と黒の瞳をすうと細めて。 「サラバンド」 「ボスの命令ならしょーがナイよネェ」 ターバンを巻いた彼は、フルートを手の中で回しながらにへらと笑って。 「斎」 「たっくんはいねぇの?」 「天国は今ユートピアの全国ツアー中だ」 中性的な顔立ちの彼女は、不機嫌そうに腕を組んで首を傾げて。 「流沙」 病的に白い彼は、車椅子から立ち上がって兄を睨むように見つめて、そして、頷いた。弟の青紫の目に宿る確かな感情を見据え、兄はもう一度指を鳴らした。 その時、いつの間にかカメラの録画の再生が済んでいたらしいモニターの映像にノイズが入る。全員がそちらを見れば、ノイズが徐々に強くなり、そして、一人の少女の姿が映し出された。 「ハァイ神見愛者さん。未珠さんのお手伝いをご所望かなぁ?」 アシンメトリーな髪を風に遊ばせる少女の映像をバックに、風紋が腕を広げる。それはまるで、善悪を計る天秤のようで。 「薔薇戦争の奪還、東先輩の情報の出処の調査、並びに"見捨てられた者達"の構成員及び内部構造の解明を命じる。今回は異能者の助力も得ることができた。彼女と縁があった薔薇戦争に感謝しよう」 [ back to top ] |