彼はベッドの上で荒い呼吸を繰り返す少女に跨り、頬を撫でながら言う。彼女の両目は、左目に元から付けられていた眼帯の上からさらに包帯で覆われ、右目の部分には血が滲んでいる。 「さぁ、堕ちていらっしゃい。俺があなたを愛し続けてあげますから」 体の線をなぞるように手を這わせる。びくりと肩を震わせながら、彼女は吐息まじりに彼の名を呼んだ。 「…流沙……」 遠くで名前を呼ばれた気がした。 「…起き………君……」 起きろ、と言われているような気もした。視界が黒からぼやけた風景へと移行する。 「起きろっつってんだろ流沙の君ィ!!」 「ふげっ!?」 真っ白な枕が顔面にクリーンヒットした。綿が詰まった柔らかなものであるはずなのに、ものすごく痛かったのは恐らく投げた張本人が流沙の目の前に立つナースだからだろう。男心をくすぐる清楚なナース服を着崩し、男心をくすぐるというか逆撫でするような格好をしたナースがそこにいた。 「ナニ襲撃者にやられてんのよ!バカなの?テメェはバカなの?!」 「ば、ばかばか言うなよ萌々香……」 「バカはバカだバァーカ!」 再び枕が顔面に炸裂する。どこからこんな力が溢れてくるのか分からないが、このナース……鬼沢萌々香だから仕方がない。外れた関節を自力で嵌め込むという荒療治を繰り出すこのナースなのだから。 枕を脇によけながら、流沙は辺りを見回す。案の定ここは医務室で、カーテンで仕切られた隣のベッドから寝息が聞こえる。医務室の主は、今はいないようだ。 「シャコンヌの君も一緒にやられやがったから萌々香が直々に迎えにきてやったってーのに!薔薇嬢盗られやがって!」 だんだん冴えてくる頭が萌々香の言葉を捉えた。薔薇が、盗られた。……薔薇が、いなくなった。 「ばら!!……っつ、」 起き上がろうとして、背中が痛んだ。「おとなしくしてろバカ」と萌々香の肘鉄を脇腹に食らい、じっとせざるを得なくなる。奪われた薔薇戦争のことを思えば体が動き出しかねないので、隣で寝てるのはエスか、などと考えてみる。しかしすぐに浮かぶのは薔薇戦争のことばかり。 「やぁ、起きたかい」 そこで、ようやくこの部屋の主が帰還した。「キヨ先生おかえりなさぁ〜い!」と萌々香の猫撫で声を聞き流しながら流沙がそちらに視線を向けると、そこにいたのは中性的な顔立ちに白衣を纏った女性と、金髪に紅茶色の瞳を持つ、異国の少女だった。 「キヨ、と、リヴリー?」 キヨと呼ばれた彼女こそがこの医務室の主であり、そして組織の主治医であった。そして傍らの少女は、重い病でキヨを頼りとする患者だった。 「リヴリーの調子が最近いいからね、少し外に連れて行ってやってたんだよ」 ね、とキヨに促されるも、リヴリーはキヨの背後に隠れる。リヴリーは、キヨ、萌々香、そして地下図書資料室の主にしか未だに心を開かない。なんだか少し虚しい心地がした。 「大変だったみたいだね、流沙」 「…大変なんてもんじゃねぇよ」 「そうだね、薔薇嬢の目が心配だ」 医者らしいもっともなことを口にしながら、キヨは萌々香に目配せする。すると萌々香は医務室の入り口付近に置いてあった車椅子を持ってきて、流沙の体を軽々と抱き上げて座らせた。突然のことに、流沙は瞠目したまま。 「ボスがお呼びだ、流沙」 キヨの笑顔に見送られ、萌々香に車椅子を押されながら流沙は医務室を後にした。 「……へんなの」 傍らの少女の呟きに、キヨは笑って彼女の頭に手を置いてやった。 [ back to top ] |