novel | ナノ
彼は本当に血を飲まなくなった。それでも、ずっとそばにいてくれた。特に血を渇望している様子もない。やはり血を飲むことは彼にとって人間になる手段でしかないことを物語っていた。

「12時だよ、ローザ。そろそろ眠るんだ」

言われるがままにベッドに体を横たえると、いつもなら隣に潜り込んでくるキューズが今日は来なかった。どうしたんだろう、そう思いながら体を起こし彼の方を見ると、彼は優しく微笑んでベッドに腰掛けているだけだった。

「……どうかしたの…?」

「……何でもないよ、気にしないで」

「…やだわ、気にする」

じとっとキューズを睨むと、彼は顔を背けた。ねぇ、と声をかけようとして気付く。彼の耳が赤くなっていた。肌が白いので、とても分かり易かった。

「キューズ?照れてるの?ねぇ、教えて」

「……引かないでね?」

「……うん」

頷けば、キューズはこちらに向き直る。白い肌を赤らめて、彼は目を伏せた。

「…毎日ローザの隣で眠っていたら、我慢できなくなりそうで、でもやっぱ我慢しなきゃだめ、だし、うん…」

恥ずかしそうに言うキューズ。彼がこんなに狼狽えているのは初めて見た。そして彼の気遣いに、もどかしさを覚えた。しかし、すうっと胸の中に落ち着くもどかしさだった。

「…我慢しなくていいのよ」

自然と言葉が漏れた。無意識だったけれど、納得している自分がいた。そうだ、私は、私は、

「あなたとなら、いい」

彼を愛することができるようになっていた。いつもどんな時でもそばにいてくれた彼を。すれ違いもしたけど、彼の愛情を確かに感じて、自分もまた彼と同じように愛を知って。
今なら言える。ローザは微笑み、キューズの頬に手を添えた。

「化け物でもいい。キスも血も体も何もかもあげる。私の全てをあげる。あなたと生きたい。あなたと生きた証が欲しいの」

愛してるから。そう囁けば、手のひらに冷たいものが触れた。彼の涙だった。驚いたように目を見開きながらも、彼はその口元に笑みをたたえていた。

「…化け物は駄目だってば」

「私は構わないわ」

「……もう少し待ってよ、何の為に我慢してると思ってるの……」

困ったように唇を尖らせると、その唇にあたたかいものが触れた。彼女の唇だった。彼女からキスが来るなんて、と思っていると、首に腕を回され、抱き締められていた。首筋に香る彼女の血の匂い。舌を這わせれば、彼女が頷くのを感じた。そして、かつて痕が残っていた部分に同じように牙を突き立てた。
襲い来る目眩と倦怠感にも慣れたものだと思ったが、数ヶ月も期間が空けばやはり辛い。幸い、彼の吸血はすぐに終わってくれた。

「…ありがとう、ローザ」

「いいえ」

もう一度口付ける。そしてそのまま二人はベッドに倒れ込み、謝罪の言葉を何度も交わした。そして、愛の言葉を何度も何度も交わした。

ベッドの中でキューズの腕に抱かれ、ローザは彼の胸に擦り寄る。そして、彼の顔を見上げた。

「…あなたはジパングの家のものなんでしょう?」

「……うん」

彼は人間になって、その家に帰る為にローザに近付いた。しかし、今となってはもう関係のない話だ。キューズとローザは共に生きる。今二人でそう誓ったのだから。
ローザは力強い視線で彼の青を見つめる。そしてそのまま軽く息を吸った。

「…なら、一度ジパングに戻りなさい。あなたは私と生きるの。それを向こうの人に伝えて、それから戻ってきて」

…え、とキューズは息を飲んだ。まさか彼女の口からそんな言葉が漏れるとは思わなかった。そのまま逃げられることだってあるかもしれないというのに、疑わずに彼女はキューズの帰国を促す。

「…いいの?」

「当たり前よ。仕える家には敬意を払わなきゃ」

ね?と首を傾げるが、キューズの表情はやはり心配そうだった。堪りかねてローザは彼の胸に顔を押し付ける。

「……信じてるから」

その声は震えていた。キューズはほうと息をつき、ローザの肩を抱く。そしてそのまま腕を動かし、きつく彼女を抱き締めた。

「…帰ってくる。絶対に」

「……うん。待ってる」

慈しむように何度も口付ける。少しの辛抱だよ、分かってるわ、互いに慰め合う二人を包むのは、窓から差し込む月明かりだけだった。







Title by Discolo



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