荊華院 | ナノ


咲散華


::やさしさ

神様、ねぇひとつだけ。
…最後は、誰もいない場所へ行かせて。

そして目を開けば、見慣れない場所だった。自分が大木にもたれていることに気付き、空を見上げる。生い茂る葉の隙間から溢れる光が眩しくて、彼は目を細めた。

「……これで、良かったんだ」

もう歩けない。自分が消えてしまうことは、随分前から感じていた。
とても幸せだった。人に疎まれ、嫌われ続けた彼を、彼女は愛してくれた。そして、彼は友と言ってくれた。

「…僕はもう、行かなきゃ」

いろんなものを置いていってしまうことになるのは百も承知だった。別れも感謝も、伝えたいことを何一つ言えないまま逝ってしまうことになるのは、分かっていた。けれど、彼らのことを思えば胸が締めつけられて、目の奥が熱くなって、自分の運命を受け入れたくないという思いばかりが募る。
けれど、足音はそこまで近付いていた。

「…今まで、ありがとね」

直接言えなかった言葉を、誰も聞いていない場所で言うなんて。こんな僕を、どうか許して。彼は俯き、小さく微笑む。

「……きっとまた、どこかで」

君達が気付いてしまう前に、行ってしまおう。そのまま彼は、すうっと目を閉じた。

…しあわせって何なのか、よく分からなかったけれど。
ただひとつ言えるのは、彼らと過ごした日々は、しあわせだったということ。



ThemeSong@phatmans after school「ミル」
 

2014.11.27 (Thu) 19:22


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