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::夢よ堕ちろ

そこは、暗い場所だった。その中で、手に持つランプが唯一の明かりだった。仄かな橙の揺らめきを頼りに、彼女は石畳と思しき固い床の階段を下りていく。
壁を伝い、慎重に進む。石造りの壁は、どこまでも冷たかった。指先からじんわりと冷気が伝わる。いつか体の芯まで冷たくなってしまいそうだ、などと考えていると、目の前に粗末な木の扉が現れた。その扉を軽く押すと、ぎぃ、と蝶番が軋む音がした。
そっと足を踏み入れ、中を覗き込む。埃っぽくて、彼女は思わず咳き込んだ。そして、その咳に反応するように、気配がした。ランプを向けた先。そこに誰かがいた。赤がじっと彼女を見ている。その赤がふわりと和らいで、それは大きく腕を広げた。彼女はランプが手から滑り落ちるのも気にせず、そのままそれに向かって駆け出して、その体を抱き締めようとして、



「ッ!!?」

「! ど、どうかなさいました、か、メ、メディアさま」

珍しく眠りに落ちていた主人がいきなり起き上がったのに、ローレンは肩をびくつかせて振り返る。主人たる復讐の女神、メディアは息を荒らげ、自分の胸元を掻き抱いていた。

「……メディアさま…?」

「…わたしは、眠っていたの?」

え、えぇ、と応えれば、メディアはしばらく目を見開いて硬直する。そのまま右手で顔を覆い、くしゃりと前髪を掻き上げた。

「メディアさまがお眠りになるなんて、その、あの、稀で、か、かなりお疲れなのかな、って、はい……」

しどろもどろしながら言う部下を横目に、メディアは溜息をつく。確かに疲れているのかもしれない。夢を見ていた気がする…なんて考えたところで、メディアは息を飲んだ。夢。夢を見るほど深く眠ってしまったのか?まさかそんな、夢を見るなんて……人間じゃあるまいし。

「…わたしは、女神なのよ」

そう、彼女は女神。それ以外の何ものでもない。
メディアは体を起こし、ローレンの脇を通り過ぎて姿を消す。それを追うように、ローレンも小走りでその場を後にした。

…何故、彼女は女神となったのか。それを知る者は、ただひとりだけ。


 

2014.11.02 (Sun) 23:30


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