第2章 01話


人が人を殺す場合。
動機は、人によって様々だ。
たとえば、自分の妻を殺したとしよう。
夫は、なぜ、一度契りを交わした妻を殺したのか。
それは、浮気され裏切られたらか。
または、逆に自分自身が浮気し裏切り殺されそうになったところを正当防衛で身を守ったのか。
それとも、借金に追われ妻の多額の保険金目当てに殺したのか。
はたまた、妻と一緒に心中しようとして夫だけ生き延びたのか。
単に妻のことを嫌いになったからか。

人が人を殺める場合、悪の感情や負の理が連鎖し自分自身を制御が出来なくなり人を殺害する。その悪の感情のひき金のことを動機やら原因やらと警察やら私達探偵は言っている。

では、逆に人を愛して人を殺害した場合は一体何に当てはまるのだろうか。

愛した人を殺すケースで考えてみよう。片恋の場合、ストーカーをして相手を殺すケースは稀にある。しかし、互いが互いに恋愛感情を抱いていたら殺す動機はないだろう。勿論、情死の可能性もある。でも、情死は愛し合う二人が合意の上で一緒に死ぬことを意味している。まあ、心中と同じ意味だ。

ところがね、夕暮くん。

人を愛して人を殺害した場合、悪や負といった感情が無かったら君は何が原因で人を殺したと思う?
もちろん、環境的要因は抜きだよ。
環境的要因とは、犯人が取り巻く家庭環境と人間関係といった類だよ。その環境的要因を抜きにして考えてみて。


そう、ただ人を愛したから人を殺した。
人を愛してしまったから人を殺した。
ただ、人を大好きになってしまったから殺した。

愛が悪で、悪が愛の理。愛が負の感情。愛が殺害の動機。

そんな、怖くて悲しい殺人鬼がいるんだよ。
それがー…。

「紫木月か…」
夜明けだ。朝の光が車内を照らす。絹先町に着いてから、朝日が昇るまで狭い車内にいた。もちろん、運転席でだ。その間、合間の言葉を一文一句正確に思い出していた。
合間嗄荳 。元探偵。夕暮にとって父よりも尊敬し憧れていた存在だ。合間が殺害されたということを、嶋津警部から聞かされた。普通、殺されたという真実に嘆き悲しむべきところだ。 
しかし、実感が湧かなかった。
『冗談だろ。合間さんは、車にひかれても死なかった人だぞ。死んでいる訳がない』
そんな言葉を心の中でさけんでいた。
絹先町の惨状を見るまでは。

「…これは、酷い…」

夜明けとともに、明らかになっていく絹先町の焼けた地を見て思考が途切れた。緑の自然や、多彩な屋根の家。人々の姿、活気のある店。車道すらも灰となり塵となっている。
絶句し、車の扉を開き、絹先町の地に足についた。
何もない。何もない。何もない。
バタンと車の閉める音だけが、虚しく響く。
酷い参上だ。焦げた異臭もする。ああ、酷い酷い。酷いしか喩えようがない。
夕暮は、ゆっくりと地を歩く。灰が風に舞い、髪に灰がついた。灰をとろうと叩いたが、また同じようにつくので鬱陶しいと感じながらも叩くのはやめた。灰の土地を歩いていると、途中、嫌な臭い匂いが鼻腔を刺激した。真っ黒の焦げた人間の塊達が多く転がっていた。

「普段の僕なら、検証したいのだが時間がないのだよ。申し訳ないね」

ー少しの隙も見逃さない目敏い探偵にとって検証したいのは山々だが、一刻も早く嶋津警部に会わないとな。ここにくる前電話でアポをとった。その時嶋津警部から説明を受けた。上から見放されるということは、この絹先町は地図から消され焼死体はそのまま放置となる。つまり、墓も供養もない。この絹先が墓となる。しかし、合間も死体のままで放置され、土になるまでそのままだ。
それを聞いた夕暮は、少し憤慨したが、逆の発想が浮かんだ。
自分でその環境のままで死体検証が出来て自分で合間の墓が作れる。

それこそ、有難いことではないのか。

夕暮が歩いていると、何かが通り過ぎたように思えた。夕暮は、風の悪戯だと思い気にせずに足を進めた。
しかし、それは、失態であることに気付かなければならなかった。

通り過ぎたのは、風の悪戯ではなく、
『紫木月曲斗』だったのである。彼もまた、人を愛する殺人鬼であり、合間の関係者であった。

彼もまた被害者であり被疑者なのだから。





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