しかし、この男は驚愕することも恐怖で平伏すこともせず優しい手付きで額や三日月の痣を撫でた。

「お前『紫木月』家の者だろ。人を知り人を愛すと人を殺してしまう殺人鬼一家。関わったら最後。何もかもなくなり、訳の分からないまま死んでいく自分勝手な殺人鬼集団だ。
…だが、俺のことを知らないお前は俺を殺害することなんて出来ないだろ。」

愛撫のような手付きと甘美のような声は、相手を翻弄させるのに充分だ。指が柔らかい唇に触れる。闇夜と暁色の月で無かったらこの女の唇はどんな色をしているのだろうか。この愛撫で、彼女を俺の虜にさせようか。大丈夫だ。こいつは、俺に酔っている。言っていることなど俺に溺れて聞こえていないはずだ。
黒斗はそんなことを思いながら空いている手で濔音が持っているバタフライナイフを奪おうとした。しかし、濔音は酔うことも溺れることもしていなかった。バタフライナイフを落とした。サンダルで露出した足の指を刺すように。素早く黒斗は足をあげた。地面にバタフライナイフが切っ先が突き刺さる。


「手癖悪いよ君は」

凶器まで奪われる訳にいかない。濔音は、顔を横に振り黒斗から離れナイフを左手でとろうとする。しかし、手早い黒斗は濔音の左手を持った。彼女は驚いた。自分の手が震えている。その手の平に接吻され、彼の頬へ自分の手を持っていかれる。黒斗と濔音には身長差が随分あるため、彼女は自然に届かない足の爪先が伸びる。いわば背伸び状態にされた。

「…紫木月 濔音」
「!?」


優しい声で名前を呼ばれた。呪縛だ。相手に名前を呼ばれることは、一番最悪な魔法であり一番最低な言葉の拘束であり罪人にあってはならないことだ。どこかで、一部始終殺人現場を見ていたのか。
濔音は、目を見開いたまま黒斗をみている。
黒斗は、濔音の瞳をそらさず手にもう一度、軽くキスをして言った。

「……濔音…。
この男が初めてだろ?…恋して愛して殺したのは。」

「…っ」


この男はいったい何を言い出すか。


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