長い間、殺人鬼の唇を貪る。かぶりつくような接吻をしておかないとこの殺人鬼は黙ることを知らない。

この殺人鬼は12才と思えないほど、頭の回転が早く、多彩な言葉を操るから、いつの間にかこの殺人鬼のペースになってしまう。ー…話の主導権がこの殺人鬼に握られるといったほうが分かりやすいか。だが、巧みな表現を使い言葉で遊びながら説明をするこの殺人鬼との会話(やりとり)は駆け引きみたいなもので楽しんでいる自分もいる。この殺人鬼の意図することや思考を読んでも違ってることが大半だ。稀に当てた時でも反応が無く、いつも毅然に笑って振舞っている。それだけじゃない。喋り方、声、音調、抑揚。全てが俺の耳にまとわりついて心に染み込んでくる。聞きやすい。声が頭に入ってくる。それは…一種の甘美な媚薬のようだ。
普段なら。そう普段ならば。殺人鬼紫木月濔音の声を聞き、会話を楽しみたいところだが、今回ばかりは勝手が違う。

小刻みに震える白い肌。引き裂かれた桃色の浴衣。頭から流れ落ちる血。首元に残された赤い証は目の前で倒れている男の前だろう。この男は、生きている。死んでいないのは、この殺人鬼が、愛した人しか殺せない殺人鬼「紫木月」だからだろう。人一倍人を愛する殺人鬼でも今回ばかりは人を恐れた。当たり前だ。喩え毅然に振舞っていても、喩え頭の回転が早く舌先三寸でも、喩え男の性欲という攻撃から身を守っても「怖い」「恐ろしい」という感情が溢れるのは仕方ないことだ。

なのに、口を開けば俺の行動を推測し俺の心配をしてきた。自分が怖かったはずなのに。
俺の心配をしないでただ泣けばいいのに。お前の方が心と身体に深手を負っただろ?唇を開放して、俺は濔音の両頬に触れ銀色の三日月の痣が象られているおでこに自分のおでこをのせた。話の主導権を握るため俺は濔音にささやく。

「俺は大丈夫だ。舐めときゃ治る」
「舐めて治せる問題じゃないだろ!かすり傷が目立っているけど、腕から大量の血が流れてるじゃないかい!いいから、早く止血しないと」
「…これもかすり傷だ。心配するな。お前は自分の心配してろ」
「でもっ」
「じゃあ、お前の舌を使って腕を治してくれるのか?ーああ、舌で舐めて治すことは無理だったな。じゃあ俺の気を紛らわせるために抱かせてくれるのか?この男以上に激しく抱くぜ?」
「……」
「ー…何も出来ないのに心配するんじゃねえよ」

こうでも言わないとこの女は、自分のために泣かない。この女は、優しい言葉をかけても安心させるような言葉を言っても絶対に泣かない。泣きたい時に泣けばいいのに泣かない。だったら一層、俺がお前を泣かせたい。そしたら、ちょっとは無謀な行動を控えてくれるだろうか。
ところが、濔音は泣くことはせず俺の顔を見て言った。

「分かった」
「ん?」

何が?と聞く前に唇で腕に巻かれたネクタイを濔音はとり俺の腕を止血する。

「気休めだけどね。生憎、僕は人を殺す才能はあるけど、人を治す才能は持ち合わせなくて。君の言った通り何も出来ないんだ。心配してすまなかった。僕なんかが心配して申し訳なかった…」

「…いや、…そうじゃない。そうじゃないだろ…あーもーお前は…」

「え?」

もう一度激しい接吻し抱きしめる。このまま、本当に抱いてやろうか。マジで。

「実は馬鹿だろ。今の状況分かってなさすぎ。捉え方が間違いすぎ。お前無防備すぎ。自分の痛みに鈍感すぎだ。ばーか。何俺なんかの心配してるんだよ。何回も言わすなばーか」

「ばーかって、君は子どもかい?
自分の痛みか。こうなったのは僕がまだまだ未熟者だっていう証拠だ。それより君が僕のせいで怪我をしていることが…僕は…怖い…心配かけてごめんね…」

濔音は俺の頬を震えた手で撫でる。

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