1.今度からブタ野郎って呼んでいい? |
いつもと変わらない、なんて事ない日だった。 長かった寒いイッシュ地方の冬もやっと終わりを迎え、春となった。 まだコートを羽織らねば少し寒いくらいだが、暖かな気候により心まで温かな気分である。 春を迎えてからも変わらずにいつも通っているバトルサブウェイに今日も乗車する。 そして今日もいつも通りクダリさんに勝負を挑んだが、あと少しのところで敗れるのだ。 そんな本当にいつもと同じだった。 変わり映えのしない毎日ではあったが、私にはそれが十分な日常であった。 しかし今日は少しだけいつもと違ったのだ。 今日は私がクダリさんとの最後の挑戦者だったらしく、バトル終了後一緒にダブルトレインを降りたのだ。 「アオイ、またぼくと戦ってね」 なんてお決まりの言葉をかけられたが、そんな些細な事でも嬉しい。 私はクダリさんに片思いをしているのだ。 バトルサブウェイを利用している女性の中には、私と同じようにサブウェイマスターに思いを寄せる人間は大勢いる。 私は別にバトルが強いわけじゃないから、スーパーダブルのクダリさんには会いに行けない。 本気のクダリさんを知ることがない自分が、相手になんてされてないことは百も承知である。 二人でトレインを降り、クダリさんは鉄道員さんと話すことがあると言うので、その場で別れを告げた。 今日はまだ帰るまでに時間がある。 次はシングルにも挑戦しようかと、ライブキャスターを操作しながら階段を上ろうとしたのがいけなかった。 私は何もないところで盛大にこけたのである。 すぐさま立ち上がったが、盛大にこけたためか注目を集めてしまい恥ずかしい気持ちで頭がいっぱいだ。 クダリさんが心配してくれたのだろう。 小走りで近くまで来て「だいじょうぶ?」っと声をかけてくれたけど、なんだか恥ずかしいやら声を掛けてくれたことに嬉しいやらでもう頭がぐちゃぐちゃである。 仕舞いには「怪我嬉しいです!」っと、まだ利用者の多いホームで口走ってしまった。 すぐに自分の発言にまた恥ずかしくなったが、それより内容の危なさに背中に変な汗を大量にかいた。 いや自分何言っちゃってるんだ危ない人だと思われるだろっと思い、急いでクダリさんに訂正しようとするが上手く喋れなくって「えっと、あの、その」っと、全く言葉になりやしない。 そろりとクダリさんの表情を盗み見れば、笑顔のまま固まっててやっぱり自分の発言に少なからず引いてしまったんだと思いもう顔面蒼白である。 (終わった…何もかも……) もう終わりだダブルトレインに来るのはもう二度と許されないだろう。 っと言うか、今回のことで来るのが阻まれる。 自分が口走った意味の解らない台詞によって、もう二度とバトルサブウェイに来れないのだと思うと悲しさや情けなさに、泣きそうになった。 そして、その瞬間、クダリさんはニタリと見たこともないくらいの笑みを浮かべたのだ。 正直急に笑みを深くしたことに驚きと少しの恐怖を感じる。 今までに見たことのない類の笑顔だったし、正直更に変な汗かいた。 「アオイちゃん、おもしろいね、怪我するの好きなの?」 なんてさっきの返事を真に受けたのか、面白そうに笑うクダリさんになんか今更違いますとか言える雰囲気でもなくなって、つい「は、はい」とかマゾ宣言をした私って本当に馬鹿である。 そんな私などお構いなしに、にったりと笑ったまま、クダリさんは私の腕を取り、肘に出来た擦り傷を見て更に「あはっ」っとか笑うからもう涙目。 そのまま何をするのかと思えばべろりと傷口を舐め上げるだけでは足らず、ぐりぐりと舐め回し始めるからもう痛くて嫌だいやだと言えばクダリさんは一層嬉しそうに笑う。 正直こんな嬉しそうに笑うクダリさんは、初めて見た。 (スーパーダブルのクダリさんは知らないが、自分が見てきたクダリさんの表情の中では、一番で、ある) なんだこの人はサドなのか。 もう半泣きでクダリさんを見れば、うっとりとした表情で私の肘にキスを落として「今度からブタ野郎って呼んでいい?」なんてすっごい良い笑顔で言うからもうどうしたら良いんだよ。 半泣きからマジ泣きになりながらも、クダリさんと目を合わせちゃったらもう「はい」っと、なんにも考えないで返事をしてしまったのだ。 今度からブタ野郎って呼んでいい? もう手遅れだと解ってたけど、結局惚れた弱みなのか肘の痛みなのか。 ハヤマアオイは本日付で、クダリさんの家畜になってしまったようです。 |