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マツバさんの元で暮らすようになって5日経った。 最初こそはマツバさんやゲンガーにトラウマのようなものを持っていたが、出会った時が嘘の様に優しく接して貰ったこともあり今ではすっかり恐怖はなくなった。 マツバさんは元々幽霊を見ることが出来るらしく、私をみて特別驚くこともなかったし、普通に接してくれている。 むしろ、私自信が幽霊であることに実感がないため、困っている。 しかし食欲もないし、眠たくもならない、トイレに行きたいとも思わないし涙も出ないのだ。 それだけ人としての欲や行為が出来ないとあっては、自分が幽霊なんだと信じる他ない状態である。 「アオイちゃん、僕はこれからジムに行くけどどうする?」 「あ、私も行きます!」 マツバさんのお家はお金持ちらしく、一人で住むには大きすぎるくらいだった。 そのせいか、しんっとした室内はとても怖く何か出るんじゃないかと気が気でない。 (いや、私はその出るんじゃないかの方にいるんだけど、やっぱり怖いのだ) 最初はマツバさんと距離を置いて過ごそうと思ったのだけど、自分の知らない世界に放り込まれて一人でいられるほど私は図太くなかった。 2日目にして怖くて寂しくて、結局マツバさんの優しい声に私は落ちていったのだ。 所詮、人は一人では生きていけないと、改めて思った。 それからマツバさんのジムに一緒に行くようになって3日目。 すっかり道順も覚え、ボールから出してもらったフワライドと一緒にふわふわとジムに向かうのが日課である。 たまに甘えるようにすり寄るフワライドにきゅんっとなりながら、10分程歩けば?ジムに到着する。 さすがのマツバさんも人の目があるところでは私と会話はしない。 手持ちのポケモンに話す振りをして私と会話をすることは何度かあったが、そこまでして必要な会話もないので基本私はポケモンと、マツバさんはそれを見て笑うだけである。 「おはようございます。今日の挑戦者はどうですか?」 「おはようございます。マツバはんのところまで行く様な方はいらっしゃいませんわ」 「そうですか、残念です」 ジムの裏口から中に入ればイタコさんが(舞妓さんじゃなかった)いた。 いつもはジムに居るのに珍しいと思えば、今日の挑戦者はそこまでの実力者がないようだ。 「んー…じゃあ今日は書類片付けちゃおうかな…」 「ほな、お茶入れますね」 「すみません、お願いします」 フワライドがボールに戻り、代わりにゲンガーが出てくる。 ゲンガーは出てくるなりデスクにふわりと飛び、ねんりきなのか何なのか分からないが書類や判子をデスク上に集める。 さすがマツバさんのゲンガーと言った所だろうか。 出来たポケモンである。 私は物凄く集中しないとものなんて持てやしないに。 (つまり、なんの役にも立てないってこと、だ) 「アオイちゃん、こっちおいで」 ちょっとへこんでたら、タイミングよくマツバさんが私を優しく呼ぶ。 なんだ、千里眼かなにかで私の心を見ているのだろうか。 「なんですか?」 「なんでもないよ」 「じゃあ、なんで私を呼んだんですかー」 「アオイちゃんは泣き虫だからね」 「ははっ…私、泣き虫じゃないですよ」 泣くことも出来ず心の中でひっそりと泣くしか許されない私に、いつだってマツバさんは見破って優しく笑うからお手上げである。 「この書類片付けたら、スズの小道にでも行こうか」 「あそこ、綺麗で私好きです」 「僕も好きだよ」 自分の中で色々と落ち着いてから、マツバさんが私を利用しているんだろうとは感じていた。 だってマツバさんはホウオウを追っている人間なのだ。 (これはゲームとかアニメの知識でしかないけど、きっとここのマツバさんだってそうだ) 伝説のホウオウを待つ中、ホウオウと再び会うことを約束した人間が目の前にいたら自分の傍に置くのは不思議なことではない。 その対象が伝説であるのだから。 (自分を見てくれてないようで寂しい) (けど) (結局私は、マツバさんにしか見えない) 自分がみえている人間はマツバさんだけなのだ。 彼の元を離れたら私は誰からもみえず、本当に一人ぼっちになってしまう。 それにポケモンの攻撃だけは何故か受けてしまうのだ。 そうなると私は結局マツバさんの元から離れる選択肢なんてないのである。 マツバさんの近くでしか自分は存在する事が出来ないけれど、一人でもそんな人がいただけ良かったと思う。 (本当に独りだったら私はどうなっていたのかな…) 「アオイちゃん、おいで」 「……はい」 触れられないと分かっているのに、マツバさんは私の頭を撫でながらペンを走らせた。 ドロドロに甘やかされたのは私 2012.1.18 |