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背中に嫌な汗をかいているのが分かる。 さっきとは違った心臓の煩い音が脳まで響く。 (あぁ…そうか、彼は…) 「ノボリ、外でお昼なんてめずらしいね」 「今日はそんな気分でしたので」 「ふーん」 私からクダリさんはそっと離れ、さっきまでのボスの表情が嘘のようにクダリさんの表情になった。 酸欠のように脳がぼうっとしてしまう。 正直ボス達が目の前で会話をしているのだが、私の上手く動かない脳ではそれを迅速に処理することは出来なかった。 「クダリは…ハヤマ様とお昼を?」 「うん!アオイちゃんとたまたま会って、いっしょに食べた」 「そうですか。ハヤマ様、クダリが何か失礼をしませんでしたか?」 「え、あ…そん、な、ことは…」 そんなことはないに決まっている。 そもそも私は今の今までクダリさんをボスだと思い接していたのだ。 全く気付けずいたと思うと、なんだか自分で空しくなってしまった。 (私、好きな人の、違い、分からないだなんて失格だ) ボスの顔を見て話すなんて出来ず、外れた空間を見ながら曖昧に笑った。 自分はどんなことがあってもボスとクダリさんを見分けられると思っていたのだ。 そんな変な自信があったこともあり、一層今の自分が惨めである。 (あぁ、距離が縮まって、二人を分かったつもり……だっただけ…) じんわりと視界が歪んでいくのが分かり、下を向きたかったがそうすると涙が零れてしまいそうで出来やしない。 でもずっと顔を上げているのも、いつ零れてしまうのか怖くて仕方がない。 「あぁ、ノボリお昼いくんだよね」 「え…あ、そうですね」 「時間そんなないんだし、早く行かなきゃ!ぼくらも行くね!」 涙が零れそうになった瞬間、クダリさんは私の右手を取り颯爽とボスの横を走りぬける。 もちろん手を繋がれている私も必然と走ることになり、急なことに驚き涙は一つ零れただけで引っ込んでしまった。 横目で見たボスは急にクダリさんが走り、この場を後にしたことに少し驚いた表情をしていた。 その後は分からない。 私は後ろを振り向くような勇気は少しもなかったのだ。 裏路地からメインストリートに出れば、お昼時ということもあり人で溢れていた。 人が多いからこのままでごめんね、とクダリさんは笑い私と繋がれていた手を少し上げて見せた。 周りに人がいることを忘れ、私はクダリさんの手を強く握り質問をした。 「クダリさん、なんで、ボスの真似をしていたんです、か?」 私の質問にクダリさんは酷く困ったように笑い、手を握られていない方で優しく頭を撫でる。 (あぁ、私はこの人の、この仕草が、駄目なんだ…) さっき驚きで引っ込んだ涙がゆったりと顔を出す。 私はなんだかんだで自分の行き場のない恋心を、クダリさんの優しさで昇華させているのだ。 「ごめんね」 「いえ、私の方こそです」 「…申し訳御座いませんでした」 「……わざとですよね」 「アオイ様、辛いのでしたら私を利用しても良いのですよ?」 (あぁ…全く悪趣味な上司だ) (知っているから、尚更) (でもそれに私は甘えてばかり) クダリさんの表情からボスの表情になり、少しの笑みを口元にクダリさんは尚も私の頭を撫でる。 「私とて、恋愛はしたことが御座います。ですからハヤマ様のお辛い気持ちは良く分かっているつもりです。 ですからどうか、私に少しでもその辛さを…別けて下さいまし」 「…なんだか恋愛を話すボスって可笑しい感じです」 「おや。ではあれから少し進歩したと思って下さいな」 「ふふ…」 ちらりと横切る人が私達を見るけど、すぐに己の仕事や予定のために歩を緩めることはない。 「ありがとうございます…クダリさん。もう、大丈夫ですから」 「…ほんとうに?ぼくはアオイちゃんには笑っていて欲しいの。これ、ウソじゃないからね」 「はい」 「なんかあったら連絡、して?」 「ふふ…心配性ですね。それよりクダリさん、早くサブウェイに戻らないと休憩終わっちゃいますよ」 「むー…じゃあ、気をつけてね」 「はい」 最後まで私を気にしてか、なかなか戻ろうとしないクダリさんに笑えば少し安心したのかゆるりと笑い、吸い込まれるようにサブウェイに消えていった。 届かない想いに、少しだけ影が落ちた。 気がした。 届かない想いに 少しの悪趣味で戯ぶ 2012.1.6 |