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食後のカプチーノを飲みながら、目の前にいるボスを盗み見る。 紅茶を手にするそのほっそりとした指に目が行く。 (綺麗な指だな…) ボスに昼食の誘いを受けて、サブウェイからそう遠くないカフェに行けばお昼にはまだ早かったのかすんなりと席に着けた。 キャメロンさんが言っていた通り、店内はレトロな内装だった。 ランチにボスはサンドウィッチを、私はグラタンを頼んだ。 噂通りとても美味しく、今度同期とも来店しようと考えた。 しかしボスと一緒に食事をするのが久しぶりだったことと、話すことが思いつかずどうしたら良いのかてんやわんやだ。 以前はヒナさんのことがあったから、話す内容も自ずとこれからどうしたら良いのかと言ったものだったが今はそれも話せない。 どうしたら良いのか困っているのが顔に出ていたのだろうか、ボスは私に話を色々と掛けてくれた。 カフェから見えるライモンシティや、バトルサブウェイのお客様のこと、そして私達鉄道員に働いていて何か不満などがないかなど様々なことを話しながら食事をした。 そして食後に運ばれた飲み物を口にしながら、気付けばお互いのポケモンの話となった。 「そういえばハヤマ様はポケモンはお持ちで?」 「イッシュのポケモンではありませんがチルットを」 「ほぉ…チルットですか。確かシンオウのポケモンでしたね」 「はい」 「ハヤマ様とはバトルしたことがございませんからね…今度是非お手合わせしていただきたいものです」 「え?!で、でも私ポケモン、一匹しかいないです…よ…?」 「一匹でもポケモンバトルは出来ますよ。ハヤマ様のチルットのお力、私に見せて下さいまし」 「お、お手柔らかにお願いします」 ボスは本当にポケモンバトルがお好きなようで、会話中口角を少しではあるが上げている。 そんなボスの表情に私もつられるように頬が緩むのがわかった。 話し込んだ間にお昼時になったのか気付けばカフェ内はお客でいっぱいになり、外には行列が出来始めていた。 「そろそろ参りましょうか」 「そうですね」 カップに残ったカプチーノを喉に流し込み、席を立とうとすればボスがするりと伝票を持って行くのが見えた。 慌てて空になったカップを置き、鞄から財布を出し後を追えば会計が済んでしまったようでボスはドアの戸を開けて待っていた。 (えぇぇ?!カード会計にしても早すぎる…よ!) 「す、すみませんボス!あの、これ、私の分です!!」 「いえ、今日は私の我が儘でご一緒していただいたのです」 「え、あ、でも……」 「私の我が儘に付き合って頂いたのです。どうぞ払わせて下さいまし」 まさか奢って貰えるだなんて考えてもいなかったので、焦ってしまった。 いくらお金を払おうとしても、ボスは自分に付き合ってくれたからと言って頑として受け取ろうとしない。 「では、その…ごちそうさまです…」 「いえ、こちらこそありがとうございました。…さて、私はサブウェイに戻りますがハヤマ様は?」 「あ、私はショッピングモールに行きます」 「では途中まで一緒ですね」 行きと同じようにボスと横に並びながら裏道を通りサブウェイに戻る。 お昼時のせいか裏道であっても行きより人通りが増えていて、ボスとの距離が自ずと近くなってしまった。 ドキドキがボールに入ったチルットにも伝わったのか、楽しげにカタカタと揺れる。 (あぁ、もう!チルットのバカ!!私のドキドキが楽しいの?!) 「ハヤマ様?体調が優れないのですか?」 「え?!だ、大丈夫です!!」 「下ばかり見られていたので……っ!ハヤマ様、失礼!」 「へ?!」 視線をボスから少し外して返事をしたせいで、自分の身に起きたことが一瞬理解できなかった。 右腕を掴まれ強く引っ張られたことで足元がふらつき、自然とボスの方に体が傾く。 傾く私の体をボスは素早く包むと、そのままサブウェイとは反対の道に連れられた。 「え?!ボ、ボスっ?!!」 「ハヤマ様、お静かに」 「えぇぇ??!」 「シッ…です」 体を抱きしめられているせいでボスの声が丁度耳元にかかり、顔に熱が集まる。 どう考えても今の私の顔はダルマッカ…いや、それ以上に真っ赤だろう。 ふわりと鼻腔を掠める香りに頭がくらくらする。 心臓が自分のものではないくらい動き、それがボスに伝わってしまうのではないか怖くて仕方がない。 (あぁもう何なの?!) こんがらがった頭で考えてもボスの行動にはさっぱりである。 「クダリ…?」 「え…?」 ぎゅっと瞑っていた両目を開く。 自分の耳元から聞こえるはずの声が、何故か遠くから聞こえた。 (あれ?だって…ボスは、目の前にいるのに…) あれほど鳴っていた心臓が一瞬にして止まったような気がした。 目の前にいる貴方はだぁれ? 2011.12.21 |