22.福笑い
日の出

煉獄 杏寿郎

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昨夜の大雪が嘘のように外は暖かく日差しに包まれていた。初詣からの帰り道、既に人通りの多い参道は溶け始めた雪で濡れ石畳を露出している。赤い頭巾を身につけたお地蔵さまが行く道を指し示すように、林の脇に間隔をおいて佇んでいた。杏寿郎さんのお宅へはあと一町ほどの距離がある。段々と人通りが少なくなり、此処はあまり日が差さないのか積もった雪が厚みを残していた。静まり返る自然の中で、鳥の鳴き声と雪を踏みしめる私の足音だけがよく響いた。雪が降るたび初めて目にした時のような気持ちになるのはどうしてだろう。幼い頃、暗くて恐ろしかったこの道も、雪が降るとどこか神聖な空気に満たされて、引き寄せられるように前へ進むことが出来た。そして、そんな時はいつも杏寿郎さんが手を引いてくれたのだった。

先日、彼から鬼殺隊の入隊試験に合格したと聞いた。とても嬉しそうで、一番に報告に来てくれたのにもかかわらず、私はお祝いの言葉を伝えるどころか、不安を顔に出し押し黙ってしまった。今日は元気がないな、と心配そうに私の顔を覗き込んだ彼に取り繕うことも出来ず笑顔を返せなかったことを悔やんだ。
破魔矢を握りしめ、ひと呼吸置き煉獄家の門を潜る。千寿郎君が出迎えてくれ、お互いに新年の挨拶を交わした。

「名前さん! 明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願い致します。あ! もう初詣に行かれたんですね」

「はい。杏寿郎さんに破魔矢を届けようと思って」

千寿郎君の笑顔に釣られて思わず此方も笑みが溢れる。奥からお父様の槇寿郎さんも顔を出してくださり、家に上がっていくように促された。

「兄は今日は鬼殺の任務で出掛けていますが、直に戻ると昨日連絡がありました。そろそろ戻る予定なのですが……、そうだ! 名前さん! それまで僕と福笑いをしませんか?」

気を遣ってくれているのか視線をあちらこちらにやりながら、千寿郎くんは何か思いを巡らしているようだった。気を取り直したように私の手を引き、座敷へと座らせると福笑いの道具を持ち出した。半紙の上に手作りであるのか、おかめの輪郭を描いたものと、顔の部品が並べられ、「これを付けるんですよ」と白い手拭いを手渡される。云われるがままに目を隠すように頭に一周巻きつけ、千寿郎君の言葉を待った。

「では僕の指示通りに手を動かして顔を完成させてくださいね」

やり始めてみると顔の部品に触れるだけでもどれがどれのものなのか分からず、見た目よりもずっと難しい。私は全くどんな顔が出来上がっているのか想像がつかないけれど、千寿郎くんは笑いを堪えるほど面白いらしく、ちゃんと正しい指示を出してくれているのかと初めて彼を疑った。

「顔の中に部品が綺麗に収まりました!」

しかし完成の合図とともに誰かが来たみたいだと千寿郎君は立ち上がり何処かへ行ってしまった。
一向に戻る気配がないので目隠しを取ろうと手拭いに手を掛けると、その手を誰かに止められる。

「まだ取っては駄目だ!」

「杏寿郎さん?」

彼が帰ってきた嬉しさと、目隠しをしたままの姿を見られている恥ずかしさとで、堪らずまた手拭いを取ろうと結び目に手を掛ける。すると上げた両手を下ろされ、彼に握りしめられる。

「まだ顔が完成していない」

「千寿郎君はもう完成したと……」

目隠しを外すことも出来ず戸惑っていると、彼は握りしめた私の手をさすりながら黙ってしまった。何かあったのだろか。顔は見えないけれど、いつもの様子と少し違うように思えた。彼の名前を呼び、問い掛ける。


「この二週間、初めての任務に就いていた。先日の君の表情がずっと気掛かりで、任務中に何度も君のことを思った。正直に云う。死ぬことなど考えたこともないがーー」

彼らしくない歯切れの良くない話し振りだった。それが彼の葛藤を表しているようで、こんなにも悩ませてしまったことに胸が苦しくなる。

「もし目の前に鬼が居たら、誰かが助けを求めていたら、俺は行かねばならない。だが君と居たい! 任務が終わり真っ先に会いに行った。君の顔を見たいと思った!」

力強く抱きしめられ、膝の下で福笑いの描かれた半紙がくしゃりと折れるような音がした。
彼が何度も私の前髪を撫でるので、自然と解けた手拭いが床に落ちた。頬に添えられた手に、自分の手を重ねる。一緒に居たいのは私も同じだ。

「君の家に行ったら居ないと云われたので、いよいよ嫌われてしまったのかと思った」

彼は帰りが遅くなった理由をはにかみながら話した。その言葉に二人で顔が綻んだ。





画像提供:Suiren



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