20.初詣
日の出

不死川 実弥

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空は気持ちの良いくらい晴れ渡っている。正装に身を包んだ人たちが松の並木を通り過ぎていく。
臨月が近いのだろう。母親は先を行く子供に手を引かれながら、笑みをこぼして大きな腹に手を添えていた。
数羽の雀が羽を忙しなく動かしながら鳴いている。砂利道に降り立った小さな体は、夏に見た時よりも幾分か丸々としているように見える。
しかしこんな冬に餌なんてあるのかーーいや、今はそんなことはどうだっていい。

「太っているのではない」

「は?」

「冬の寒さを凌ぐため、自ら羽の中に暖かい空気を送り込んでいるのだ」

「てめェ……なんだって俺の考えていることが分かったァ?」

苛立ちに頭を掻き毟りたくなる。どうして正月早々こいつと肩を並べないとならないのか。店の軒先に置かれた長椅子に腰掛け、冨岡は涼しい顔で茶を啜っている。相変わらず、何を考えているのか分からない。

「駄目ですよ実弥さん! お正月くらいはカリカリせず、仲良くしてください。はい、冨岡さん新しいお茶です」

「かたじけない」

名前が盆に乗った茶を差し出すと、冨岡が湯呑みを受け取る。俺は受け取った際に二人の手が触れ合ったのを見逃さなかった。更には奴にやたらめったら笑い掛けているものだから面白くはない。

「あんまりそいつに愛想を振りまくな」

冨岡が帰るまで奥に引っ込んでろ、そう云い掛けて口を噤んだ。何故なら奴はまだ到底帰るつもりはないらしく追加の団子を頼んでいるのだ。堪らず絶句する。まだ居るつもりなのか。

「実弥さんも追加のお団子持ってきますね」

「おい」

「はい」

「今日は何時に終わる」

「ふふ」

何がおかしいんだ、と云うと珍しいなと思っただけですと返される。団子はもう十分だと伝えると、名前は手にした盆を持ち替え他の客に呼ばれてまた奥に引っ込んでいった。
往来を行く子供らがこちらを指差して物珍しそうに見つめている。

「見てあのお兄ちゃん! 団子が山盛りだぜ」

見れば隣に座る冨岡の皿に6人分はあろう量の団子が重ねられている。ため息が溢れた。奴はといえば律儀にも食べ切ろうとしている。

「そんな量食えやしないんだァ。断ればいいだろ」

モゴモゴと何かを云われたが、口に団子が詰まっていて何を云っているのか分からない。一年の始まりはもっと穏やかに過ごせるものだと思っていた。
気を取り直して散歩でもしてくるかと立ち上がり店内を見渡せば、寺院への参拝を終えた客たちで混み始めていた。名前が家族で営むこの茶屋は参道の入り口にあり、この時期は特に忙しそうだった。席に金を置いて歩き出す。

「あ! 実弥さん。帰られるのですか」

慌ただしく名前が店を飛び出してきた。

「ちょっと待ってください。もう少ししたら落ち着きますので」そうして満面の笑みを向けられ、名前の結った髪からこぼれ毛が耳に落ち、かけ直してやる。

「顔を見られてよかった。また来る」

踵を返し店を後にする。

「名前、いいよ。店は大丈夫だから行っておいで。明るいうちに不死川さんとお寺さんに参拝してくるといい」
名前とよく似た愛嬌のある笑みを湛えて、母親が彼女の抱えた盆を奪い取った。
「でも、混み始めているから」と彼女が遠慮がちに視線を送ると、半ば強引に背中を押され軒先に出された。腰に巻いていた前掛けを母親に渡し、笑顔を向ける。


「実弥さん!」

息を切らした彼女が後ろから追いかけてくる。店はいいのかと口を開き掛けたが、その顔を見て笑みを返した。
参道は初詣に訪れた人で溢れ返っていた。日頃の生活が嘘みたいに穏やかさに包まれていた。
はぐれないように互いに手を差し出す。
厳かな雰囲気を醸し出す寺院の背後で、山々の緑が陽光に照らされ燦々と輝いている。
こんな正月も悪くはない。





画像提供:Suiren



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