16.蝶屋敷2
蝶屋敷2

煉獄 杏寿郎

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調合した薬を小瓶に流し込みながら、ふと窓の外を見る。庭先で咲いたばかりの朝顔に水をやる名前の姿が目に入る。暫くその姿を見つめていると、病衣に身を包んだ男性隊士が一人、彼女に近付いていく。何やら薄紫色の細い花を手渡されている。彼女はそれを両手で包み込むように受け取り、穏やかな笑みを返したが、どこか悲しげに口許が引き結ばれたのを胡蝶は気掛かりに思った。
それから直ぐに、隊士が摘み取り手渡した花は、彼女が毎日水をやり慈しんでいたものだと思い当たった。
そんな彼女の思いなど知る由もない男は、はにかみながら一生懸命に彼女へ話し掛けている。花を手渡した男に悪気などはないのだろうが、恋とは何と独りよがりなものだろうと思ってしまう。彼女がこの屋敷に勤めるようになり、そんな男たちを何人も目にした。
手元に視線を移し、小瓶の口を布で拭き取る。胡蝶には最近気に掛かることが二つある。一つはつい最近鬼殺隊に入隊したという鬼を連れた少年のこと。まだ会ったことはないが、あの冨岡義勇がそのことを承認しているという。どういう風の吹きまわしか、如何なる理由であれ、鬼を連れて歩くのを見過ごしているその状況は理解しかねる。

「何を考えているのでしょうか」

ゆっくり顔を上げ再び庭を見ると、いつの間にか男はいなくなっていた。名前は屈み込み、土を弄っている。どうやら手渡された花を土に埋め直しているようだった。根はつくのだろうかと、胡蝶は柔らかい眼差しで窓の外を見つめた。
そしてもう一つ、気に掛かっていることーー静かに扉を開け、次の患者に声を掛けようと待合室を見渡す。行儀よく一列に診察を待つ隊士たちの中に、一際目立つその存在を見つけ、少し大袈裟に息を吐いて見せる。

「どれ、悩みとやらを話してみるといい!」

腕を組み常と変わらずどこに視線を向けているのかわからない表情で、隣に座る後輩隊士たちに声を掛けている。

「炎柱様! このようなことを申し上げてよいのかはわかりませんが……俺は負傷してからというもの、戦いに赴くことが怖くてなりません……。このままでは何のために鬼殺隊に入ったのか」

「うむ! それは辛いな!」

「炎柱様! 私も強くなるためにどうしたらよいかを!」

「うむ!」

「炎柱様! 僕にも柱になるためにはどうすればよいかを教えてください!」

「うむ!」

「炎柱様! 俺には鬼よりも怖い妻がおります……!」

「うむ! 皆まとめて俺の継ぐ子になるといい! しかし俺には妻がいない! 最後の君の話はよくわからん!」

口々に相談を持ち掛ける隊士たちの声が聞こえ、噛み合っているのかわからない会話が繰り広げられている。こんな日がもう幾日も続いていることに胡蝶は諦めにも似た表情を浮かべた。そして静かにするよう声を掛けようと口を開き掛けると、「君たちは何のために戦っている」と揺るぎない声が廊下に響いた。その声の響きに胸を衝かれた隊士たちが一斉に息を飲む。

「胡蝶!!」

そのことを知ってか知らずか、突如視線をこちらに向け、彼はまるで叱られるのをわかっていたかのように「今日は順を守り! 邪魔をしないようにしている!」と声を張った。

「煉獄さん、私はまだ何も云ってはおりません」と胡蝶は笑みを溢し、名前なら庭で花に水をやっていますよ、と言葉を返した。忽ちぱあっと華やいだ表情を向け、礼を云うと瞬く間に立ち上がりその場から姿を消した。そんな柱の目にも止まらぬ速さに面食らった隊士たちに声を掛け、胡蝶は次の患者を部屋に招き入れた。
診察道具を手に取り、窓の外を見やれば、そこには既に辿り着いた煉獄が名前に声を掛けている。彼女も満更ではなさそうなのだから、云うことは何もない。植えたばかりの花を二人で眺めているようだ。
何故だかこの男の恋は、応援せずにはいられないのだから、不思議なものだと胡蝶は思った。





画像提供:Suiren



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