14.芳香
芳香

煉獄 槇寿郎

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此のところ長雨が続いている。庭先を見つめて小さく息を吐く名前を横目で捉える。洗濯物の干し場所を探しているのだろう。雨音はだんだんと勢いを増し、弾かれた水の飛沫が縁側を濡らしていた。庭先で物干し竿がかたかたと音を立てて揺れている。雨は激しくなるばかりである。

「今日は諦めたらどうだ」

彼女は丸めた洗濯物のかたまりを両手で抱え込み佇んでいた。読んでいた書物を閉じ、身体を起こしながら彼女を見上げると、いつもはしない人工的な香りが漂ってきた。まだ咲きたての、青さが残る若い花の芳香に似ている。

「白百合か」

やっとこちらを向いた彼女は、少し驚いたように視線を寄越し、恥ずかしげに俯き唇を結んだ。

後妻にと親戚がお節介にも此の娘を連れてきたのは二年前のことであった。最初は当然断りを入れ、新しく妻を娶るなど考えにも及ばなかった。参ったのは親戚が唐突に彼女を連れて訪ねてきたことである。だらしなく胡散臭い笑みを張り付けてやってきた男の後ろで、彼女は始めから終わりまで大した言葉を発することもなく、何処か申し訳なさそうに頭を下げた。嫁の貰い手など何も此処でなくとも他に幾らでもあるだろうと、喉元まで込み上げて口を開き掛けたが、彼女の目を見ていたら云うべきではないような気がした。内情などは知るよしもない。所謂訳ありであるらしかった。世間から外れ、人から肯定される人生を歩んで来ていないのは己も似たようなものである。それはほんの出来心であったかも知れない。まだ年若い彼女の目が随分と決意を含んだものであったので、応えてやりたくなったのだ。行動の是非など此の歳になれば、人生に何の意味ももたらさない。知りたいのは人にとってのより本質的な渇望である。

ここ数ヶ月、一向に遠慮の抜けない彼女の様子を遠巻きから眺めている。口数の少ない妻との暮らしは、なかなかに面白いものであった。妻を娶って一番に驚いていたのは千寿郎であったが、今では己よりも彼の方が彼女と親しい。

「千寿郎さんがお土産にと香水なるものを買ってきてくださったのです」


嫁いできてから彼女は、心が落ち着かないのをごまかすかのように家事に勤しんでいる。それについて何を云うつもりもなかったが、あまりに気を張って暮らしているので少し不憫に思えてくるのであった。

おもむろに立ち上がり、その腕を引き寄せる。彼女の首もとから放たれる芳香に、やはり慣れない匂いだと感じた。戸惑いを隠せず紅潮した彼女の耳に鼻をつけると、抱えていた洗濯物を握り締め、身体に力を込めたのが伝わってくる。

「たまにはゆっくりしたらよいではないか」

厠へ行こうと彼女から身体を離し、廊下を進んだ。思えば彼女の匂いを嗅ぐなどしたこともなかった。こんなにも近しい距離で接したことがあっただろうか。

振り返ると大きく肩を揺らし息を吐いた彼女の背が目に映った。





画像提供:Suiren



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