13.相愛
相愛

煉獄 杏寿郎

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強くなりたいといった君に、その必要はないといったら怒らせてしまうだろうな。稽古でつけた痣を見つけ、君の腕に手を伸ばす。うっすらと青紫色に滲み始めている箇所を指で撫で、水に濡らした手拭いを巻き付ける。華奢な腕は片手で容易につかみ取り、引き寄せることができる。多少鍛錬を積んだ男の力であれば折ることなど造作もない。初めに稽古をつけてやろうといったのは俺だ。まさかこれ程までに本気であったとは、些か読みが甘かった。


煉獄さんは私が稽古で傷をつくる度、いつもどこか哀しそうな顔をする。稽古に励めば励む程、彼を困らせてしまうのだと知っていた。稽古で出来る痣など大したことはなかった。意識的になのかは解らないが、彼は手加減をしている。このままでは到底、任務に同行させて貰えるはずもなく、階級はいつまでたっても癸(みずのと)のまま、最終選別を突破したことすら幻になりかけていた。仲間たちが命をかけて戦っているというのに、鴉が持ってくる任務といったら、町の聞き取り調査や先輩隊士のおつかいみたいな仕事ばかりだった。


「なぜ強くなりたい」

俺は分かり切った質問を彼女に投げかけた。そんなものは決まっている。隊士であれば皆が望むことだ。愚問であった。彼女の強くなりたいという思いを引き留めているのは俺なのかも知れなかった。汗で額に張りついた彼女の髪を耳にかけてやりながら、覚悟を決めなくてはと諦めにも似た気持ちをため息とともに吐き出した。彼女は下唇を噛みしめ、瞬きをした。白く滑らかな肌、丸みを帯びた愛らしい頬、うつくしい輪郭、己を捉えて離さない澄んだ瞳の、ひとつひとつを確かめながら目の前の女性を心底愛おしいと感じた。


自分の知らないところで大切なひとが失われていくのは耐えられなかった。自分よりも遥かに強く実力のあるひとたちを前にして、なんとも可笑しな話であった。けれど弱ければ恋い慕うひとの傍にいることすら叶わない。守られるよりも、守りたい。せめて足手まといにはなりたくなかった。同じ場所に立ち、同じものを見据えていたかった。私たちはいつだって不確かな状況に身を置いている。まだ起こってもいない未来を想像しては恐れている。強さを求める他に確かなものを守る術があるのなら教えてほしい。彼の問いに答える頃には、あれこれ理由をつけ矛盾とともにこの感情も露呈してしまうだろう。言葉にすれば、ひどく個人的な理由に聞こえる。


俺は少しでも君に安全なところに居てほしかった。君と相対すると、身勝手な思いばかり押し付けてしまうから、あまり意識を向けないようにしていたつもりだった。恐らく考えていることは同じなのだろう。悔しさに滲んだ彼女の涙を拭い、額に口づけを落とした。小さくもはっきりとした君の声が耳もとに響いた。


「煉獄さんの、お傍に居たいのです」





画像提供:Suiren



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