10.不機嫌
恋心

不死川 実弥

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「実弥さん、痛いです」


先ほどから眉間に皺を寄せて、真剣にわたしの目のなかを覗き込んでいる彼は、加減というものを知らない。
親指と人差し指で人の目蓋を押し広げては、堪り兼ねたように鼻から息を吸い、盛大に吐き出した。

「ゴミなんて見当たらねェ」

もう大丈夫です、と腕を叩いて訴えると、納得いかないといった面持ちで手を離した。
目のなかは変わらずゴロゴロとしているが、そんなことよりも彼の乱暴なことといったらないのだ。わたしは涙目になりながら、目をしばたたかせた。

「お前は、女の触り方を分かってねぇな」

宇髄さんが黒い円卓に頬杖をつきながら、呆れたように実弥さんを見上げて呟いた。
ふて腐れて外の景色を見つめる彼は、けっと小さく舌打ちをした。何てことはない。何だか目の奥が痛むのでぐりぐりと擦っていたら、実弥さんが急に立ち上がって、貸してみろとわたしの顔を覗き込んだのだ。


そもそも機嫌がよくないのは、義勇さんのお誕生日会に無理やり連れてきたからなのだろうか。ちっとも興味を示さない彼を此処まで連れてくるのは大変だった。

昼過ぎ頃、屋敷まで彼を迎えに行けば、義勇さんの名前を出した途端、急に行儀わるく耳をほじりだして、「行かねェ」の一点張り。
おはぎもありますよ!可愛いわたしもいますよ!と誘ってみても、何も響かないといった様子で、畳に寝転んでいた。
そのとき庭を猫が横切り、彼はよい口実でも得たというように、「あ!! アイツッ!」と大人げなく縁側から身を乗りだし、追いかけようとした。
何やらその猫は先日、実弥さんの私物を咥えて走り去ったらしい。
この近くに住んでいるのだろうか。灯台もと暗しという言葉もあるくらいだ。意外とこの家の床下にでも住んでいたりするのではないだろうか。
動物たちにとってこの屋敷はどうにも居心地がよいらしく、つい数ヵ月前も、別の猫が長いこと滞在した後、子供を産んで旅立ったばかりだ。
稽古中に何処からともなくやってきた子猫たちが、彼の足下をくるくると駆け回るのを、彼はうんざりとした様子で眺めていたが、時おり自分の食べ残したかまぼこなどをこっそり分けてやっていたのをわたしは知っている。
そんなことを考えていると、先ほど通りすぎたばかりの、白と黒の真ん丸とした肉付きのよい猫が、澄ました顔でわたしたちを一瞥し、また遠くのほうへ走り去って行った。


「俺たち以外、誰も来ねぇな」

宇髄さんが円卓のターンテーブルを退屈そうに回しながら、再び呟いた。

「本当に此処で合ってるのかよ」

実弥さんは、冷ややかな目でわたしを見てくる。
不安になって懐から集合場所の書かれた紙を取り出し、確認する。

『中華料理屋天心夕刻十八時集合』

間違いない。メニュー表の店名と見比べても、同じ店名だ。彼がそんなことを云うから、何度確かめても不安になってしまう。場所は合っている。今は十六時、集合時間は十八時、些か早いような気もするが、今日は義勇さんのお誕生日会だ、みなさんだって早く来るはず。

「お前それ……まだ集合時間まで二時間もあるじゃねぇか」

不意にわたしの手元にある紙を覗き込み、彼は顔を顰めた。
うすうす気が付いてはいたが、そうか、やはり早すぎたか。

「おいおい、お前らに派手に巻き込まれた俺が不憫でならねぇよ」

そういうことなら少し出てくる、と宇髄さんはひらひらと手を振り、席を立ってしまった。
実弥さんの屋敷からこのお店まで、通りがかりだから宇髄さんも引っ張っていこう!と意気揚々と連れ出したことを申し訳なく思った。

「実弥さん、ごめんなさい……」

そうだ、よく確認しなかったわたしがいけない。暫くしょぼくれていると、「仕方ねぇ。先に何か食ってるか」と彼はメニュー表を開いた。

「お前、今日はやけにめかし込んでんじゃねぇか」


少し膨れっ面をして、顔を赤くした彼が、別にメニュー表を見ているわけでもなく、先ほどから機嫌が良くなかった理由に、わたしはやっと気が付いたのだ。





画像提供:Suiren



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