09.街コン
街コン

煉獄 杏寿郎

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顔がむくんでいる。肌はすっかりくすみ、目蓋はどんよりとして、冴えない顔つきのこんな日は、どこにも出掛けず、誰にも会わず、じっとしていたほうがいい。
なぜ前日に夜更かしなどして海外ドラマを朝の四時まで観てしまったのだろう。
休日になると明日に抵抗してしまうのはいつものことで、その休みを享受するため、夜な夜な冷蔵庫から六缶セットのビールを取り出し、おつまみに瓶詰めのグリーンオリーブを食べるのがお決まりになっていた。
え? ワインじゃないのかって。そんなものは似合わない。ここは木造2階建ての◯◯荘なんて古びた名前のついたアパートである。床は歩けばみしみしと軋み、水道の蛇口は捻るとキィーンという謎の呻き声を上げる。辛うじてお風呂がついているのは奇跡である。まさか二十代半ばの未婚女性が住んでいるなんて、隣の住人でさえ思っていないだろう。
このアパートの住人は皆、不規則な生活をしているらしく、深夜になると洗濯機を回したり、大音量で音楽を聴いたり、どんちゃん騒ぎをしたり、さまざまな生活音が響き出す。
私はこのアパートで、平日の毎朝八時にきっちりと家を出るのは、私くらいのものだと思っている。

なんとなく胃が重い。なんかこう鳩尾のあたりを締め付けられるような、初めて感じる痛みだ。少し汗も出ているかも知れない。もしかしてあのオリーブか。そう言えばあまり食べすぎると食物繊維が多いからうんたらと、朝の情報番組で言っていた。いや、しかしこれはお腹が緩くなるのとは違う。少し吐き気さえ感じてきた。腐っていたのだろうか。

「……お仕事は何をされているんですか?」

そっとお腹を擦りながら、お決まりの質問を目の前の男に投げ掛ける。
その言葉をきっかけに、一方的に会話を繰り広げるこの人に笑みを返しながら、昨日職場の先輩が、「男なんて自分の話が大好きなんだから、ただ座ってにこにこ笑っていれば大丈夫よ」と言っていたことを思い出す。
それはあながち間違いではないようだ。
どこか満足げに席を立とうとした男は、去り際に連絡先を書いて寄越してきた。

男女の出会いの方法はたくさんある。先輩に勧められるがままに応募した街コンは、いわゆる人見知りの私が一人で乗り込むにはあまりに心許なかった。するとまたもや先輩のどや顔が思い浮かび、「一人で行くから意味があるのよ! つるんでる女に男は話し掛けにくいんだから」と言われたのを思い出した。

次に目の前へと座った男の髪色をぼんやりと見つめる。金色に赤い毛先の混じったその、獅子のような姿に思わず、少し口が開いてしまった。

「初めまして!」

男はニカッと笑って大きな瞳で真っ直ぐにこちらを見つめていた。
そしてバイキングコーナーから持ってきたのであろう、山盛りのおかずが乗った皿に手をつけると、それはもうフロア中に響き渡る大きな声で、「うまい!!」と叫んだ。
その後も頻りにうまい、うまい、と食べ続け、呆気にとられた私は何も言えず、その場を見守ることしか出来なかった。
ふいに食べ続けるその手がピタッと止まり、「君のその、皿に乗っているのはスイートポテトか?」と聞いてきた。「あ……、よかったらどうぞ。まだ手をつけていないので」先ほどの男が気を遣って持ってきてくれたデザートを差し出す。「いや、頂くわけにはいかない。これを食ったら俺も持ってくることにしよう」
この人はなぜ街コンなどに来たのだろう。出会いを求めているようには思えないし、女の人よりも食べることのほうに夢中だ。

「すまない! すっかり自己紹介を忘れていた!」

俺は、煉獄杏寿郎だ!ーー

宜しく!と差し出された手を受け取ることも出来ず、私はお腹を抱え込み、先ほどから続く痛みに悶え、その場に蹲った。

遠退く意識のなか、その煉獄杏寿郎さんの大丈夫かという声を聞きながら、どこかへと抱き抱えられて行くのを、凄まじい風の勢いとともに感じていた。
後からわかったことだが、私は盲腸であったらしい。
そして私の古びたアパートで、彼と一緒にオリーブを食べるようになるのは、それからさほど遠くない日の出来事であった。





画像提供:Suiren



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