08.看病
看病

煉獄 杏寿郎

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目覚めた時分からどうにも身体が熱い、と千寿郎は思った。
いつも通り朝餉を食べ終え、縁側に座っていると、目の回りがじんじんと熱を帯びて、視界がぼんやりと滲んでゆくのだ。
手の平を床板につけていれば、ひんやりと冷たく心地のよいことに気が付き、その場にゆっくりと身を横たえた。
ふと、洗濯物を干していた名前がその様子に気が付き、心配そうに近づいて来ると、そっと額に手を当てた。それはひどい熱であった。

「いつからこんな……」

大変、と普段は出さない大きな声が咄嗟に口をつき、杏寿郎を呼んだ。
その声にただならぬものを感じ取った彼は、二人のいる縁側に目にも留まらぬ早さで駆けつけ、「どうした!!」とその場に佇む彼女と床に蹲る弟の姿を見つめる。
その身体をすぐさま部屋へと運び、褥に寝かせると、恐らく風邪であろうと、幾重にも布団を掛けてやり、火鉢に火をおこし部屋を暖めた。
名前は手ぬぐいを冷たい桶の水に浸し、千寿郎の顔や首回りにあて、優しく汗を拭ってやった。このような時は、沢山着込み部屋を暖かくして、発汗すると風邪の治りが早くなると教わっていたからだ。

杏寿郎は、千寿郎が風邪を引くなど珍しいな、と思いながら、後で何か元気の出るものでも買ってきてやろうと、庭で剣を振り下ろし鍛練を続けた。


その日、彼はふと、真夜中に目が覚めた。
夜の光に照らされた青白い天井を見つめ、褥に仰向けになったまま隣を見やると、彼女の姿はなかった。そうだ、今日は千寿郎の看病のため、一緒に寝ると云っていた。
おもむろに立ち上がり、厠へ行くついでに二人の様子を見に部屋へ立ち寄ると、彼女は千寿郎の隣に正座し、彼を見守っていた。
このように寝静まる千寿郎のあどけない寝顔を見ていると、彼もまだ幼いのだと改めて思った。
そして、それを見守る彼女の姿は、まるで母親のようだ。女性は色々な表情をする。そんなこれまでは知らなかった姿に、こうして時折、驚かされることがある。

「今日は疲れたであろう。俺が代わろう。君は少し休むといい」

彼女の肩に手を添えると、彼女はこちらを優しく見上げながら自身の手を重ねた。


それから二日も経たないうちに、千寿郎はすっかり元気になり、いつものように厨で名前の手伝いをする姿が見られるようになった。
しかし今度は何やら杏寿郎が寝込んでしまっているという。

「杏寿郎さん、入りますよ」

静かに障子戸を閉め、横になる彼のそばに座り、畳の上に卵粥の乗った盆を置く。

「食欲はございますか」

彼女が彼の額に手を当て、優しく問うと、彼は仰々しく眉間に皺を寄せ、「うむ、腹は大変減っている。食べさせてくれ」と云った。
あまり熱はないようだが、彼がこのように寝込む姿はこれまで見たことがなかった。
日頃丈夫なだけにむしろ風邪などではなく、何か大きな病気などでなければよいと、彼女は医者を呼んだほうがよいのではないかと思い、心配そうに眉を下げた。
しかしその必要はないと彼がなかなか頷かないのである。

幸いにも食欲はあるようで、小さなお椀とはいえ、卵粥を十三杯も平らげた。土鍋に作った分はあっという間になくなり、もっと作ってあげたらよかったかもしれないと、彼女はまたしても眉を下げるのであった。

「名前、熱が下がってきたように思うのだが、どうだろうか。もう一度額に手を当ててみてはくれぬか」

「そうですね。先ほども熱は下がってきているように思いましたが」と彼女は自分の額に手を当て、彼の額の熱とを、交互に比べてみるのであった。

「いっそ額と額をつけてみるのはどうだ」

そうして、うーん、と唸りながら、彼女は云われたとおりに彼の額に自分の額を寄せ、真剣な面持ちで確かめてみるのだ。


厨では皿を洗う水の音が響いた。
千寿郎は少し眉を下げて、兄の平らげた土鍋を洗っていた。それが兄のちょっとした出来心から始まった仮病であると、気づいていないのは彼女だけであった。





画像提供:Suiren



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