※刻まれる痕
ケホッ
乾いた息が圧迫された喉から絞り出された。
酸素が足りない。頭がくらくらして意識が朦朧としてくる。
(あぁ、「また」だ。)
靄がかかった様な視界で、カルルは目の前に居る男を見る。
虚ろな蒼と翠のオッドアイと視線が絡む。何の感情も宿さない、ガラス玉の様な瞳に自分の顔が映り込んだ気がした。
じわり、と視界が滲む、ぼやける。スッと目尻から零れた涙、同時に口からも声にならない言葉を零した。
「ラ…グナ、さ…」
辛うじて絞り出した声はか細く、目の前に居るラグナにも聞こえているかどうかも分からない程だった。しかし唇の動きを見て気付いたたのか、ハッとしてラグナは手を首から離す。震える両手を握り、ゆるゆると首を横に振る。まるで、自分が起こした行動が信じられないという風だった。
「あ…ぁ…お、れ」
声を震わせ、ごめんなさいと繰り返し謝罪の言葉を紡ぐ。まるで許しを乞う幼子の様に。
「ごめ…カル、ル。ごめ…な、さ」
「………ラグナ、さん」
自分の上で馬乗りになったまま動かない大きな幼子に弱々しい声を掛ける。
「…泣かないで、下さい」
「で、も…」
「いいんです。本当に、いいんです…」
そう言って、まだくらくらする頭を振りながら体を起こす。真正面からラグナを見て、そっと頬を撫でる。頬を伝う涙を拭い、緩く微笑むと同時に左頬に鈍い痛み。
「ぁ…、がっ…!」
じわじわと口腔内に広がる鉄錆の味。頭を打ったのか、鈍い痛みに顔をしかめる。そこで初めて自分が殴られた事を理解、しかし口元は緩く弧を描いたまま。
グンと視界が勢い良く切り替わる。髪を掴まれ、引き起こされ、次は右頬。ラグナの許しを乞う言葉と、与えられる暴力は止まない。
(あぁ、なんて、哀れな人)
言葉では愛を語れない、不器用な人。
それがとても、とても愛おしくカルルは思う。それを物語るのは赤黒く、場所によっては青く痣と残る傷跡。真新しい首の輪は抵抗を示した痕跡など、無い。
(でも、自分も同じ様なものなのかもしれない)
笑みだけは決して崩れず、暴行を享受する自身。
(そう、お互い、狂っている)
狂った歯車は正しい歯車とは一生噛み合わない。だが互いに狂った場合はどうなるのだろう?
それを自分達に重ねて、ふふっとカルルは笑う。ラグナは心の隙間を埋める様に強く強く、幼い体を抱きしめた。
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思った以上に仄暗いというか、薄気味悪い感じになりました。でも白玉こんなの。
暴力で愛を表現するラグナと、暴力で愛を感じるカルル。互いにどこか歪んでいるからこそ噛み合う何かってのが好きです。