そんなに遠くまで走ってきたつもりはなかった。その場にいない私を探したりはしないだろうし、第一酔っている状態であるジョージが私を追ってくる事は出来ないと思ったからだ。この時間は誰も使っていない空き教室の中に隠れて、少し走ったことで乱れた呼吸を整える。さっき名前を呼ばれたことで、あの時の光景がよみがえってきて、ドキドキして仕方がなかった。勘弁してほしい。いつも普通にしているジョージですらあんなにかっこいいのに、あんな、見たことなかった。ジョージってだけでもかっこいいのに、本当に参る。それほど好きなのだ。だから、心臓に悪すぎて耐えられなかった。正直、うれしいという気持ちもある。だってジョージが酔った時、本能で自分を求めてくれているのだから。そこにたまたまいたからというだけかもしれないけど。

「う…ジョージ」

ジョージ大好きという感情がなぜか今この場面であふれてくる。今、ジョージはどうしているだろうか。もしかしたら、私を探してくれているだろうか。まあ、教室に逃げ込んだ私を酔った状態のジョージが見つけ出せるとは思えないけど。それとも、酔ったまま、昨日と同じことをしているのだろうか。相棒であるフレッドに。親友であるリーに。あるいは…アンジェリーナに。

「…やだ」

男だったら、いろんな意味で見てられないくらいで済むし、何とも思わないけど。アンジェリーナだったら。もし、昨日のあれが私限定にではなく、近くにいた女の子にああなるのだったら。そう考えた途端ズキ、と心臓が痛んだような気がして、思わず立ち上がった。そうなるくらいなら、力づくで無理やりジョージをあの場から遠ざけて酔うのをまとう。その方が何倍も良い、他の女の子にああいうことをしているのは、絶対に嫌だ。そう思いながらドアを開けて、廊下へ足を進めようとしたら。

「あ…」
「…なまえ?」

少し遠くに見えたのは、一人で歩いているジョージ。私を見つけて、ぼうっとこっちを見て、はじかれたようにこちらへ向かってくる。もしかして、私を探しに来たの?そう思ったらなんだか嬉しくてキュンとしてしまう。足取りはおぼつかない様子ではなかった。一定期間と言っていたし、あまり時間はたっていないけど、もしかしてもう酔いが覚め始めているのだろうか。もう一回名前を呼ばれて、キュンと心が締め付けられた。探してくれていたんだ。逃げてごめんねジョージ。歩いてくるジョージがどうしようもなく愛しくて、可愛くて、目の前に来たジョージに私から抱き付こうとした時だった。

「やっと見つけた」
「え…」

ふわりと脇のあたりにジョージの手が触れて、少しだけ体が浮いた。部屋を出ようと開けたはずのドアを、ジョージの手で部屋に戻されて、バタン、とドアが閉まった。身体を下されて、横にあった壁にへなりとよしかかった。どうしたんだろう、と思って、ジョージの顔を覗き込んだら。

「なまえ…」

熱っぽい視線が、私を見下ろして。ジョージの大きな手が肩に触れた。するする、ゆっくりと肩から腕に手を滑らせて。少しかがんで、私の額に唇を落としたジョージに、冷め始めていた熱が一気によみがえった。違う。まだ、一定時間はたっていない。
ジョージはまだ、酔っている。

「ジョ…!」

額に、ちゅ、と触れて。腕をつかんでいる方と逆の手が私の後頭部に回って、そっとジョージの胸に引き寄せられ。頭のてっぺんに唇が幾度か触れて、次第に降りてくる。あったかい体温が心地良く感じたけど、それよりも、立っていられなくてずるずると壁に沿うようにして座り込んでしまうと、それに合わせてジョージも体制を落とした。唇が離れて、ジョージが私を見つめた。濡れている視線に、ドン、と心臓が打たれたみたいな衝撃を覚えて。軽く四つん這いのような体制で、座っている私の両側に手をついて、鼻先にキスを落とした。そのあと、ほほに、ちゅ、ちゅ、とリップ音が何度か聞こえて、頭がおかしくなってしまいそうだった。そして、反対側の頬へ。何度かキスを落とした後、ぺろり、と舐められる感覚がして。

「ひ…」

驚いて悲鳴を上げる前に、唇を奪われた。一度、そっとやさしく触れて。すぐに離れたけど、ほとんど触れているくらいの距離で。待っていられないという風にもう一度唇が下りてくる。ちゅ、ちゅ、と何度か繰り返されて、少しだけ離れて、もう一度触れる。本当にそっと、ゆっくりゆっくり、啄むように唇が触れた後、唇を這わせるように、少しだけ長いキスが降りてくる。しっとり、唇を唇で食べられてるようで、痺れさえ覚えるような感覚だった。これ以上ないくらいやさしく触れるから、ドクドクと心臓はずっと鳴りっぱなしで。恥ずかしくてたまらないのに、うれしいという気持ちもあって。抵抗なんてできるわけなくて、ジョージの成すがままになってしまう。恥ずかしくてこそばゆくて、ふるりと体が震えた。

「ん…」
「…なまえ」

いつものジョージからは聞くことのないくらい、小さな声で、繊細に私の名前を呼んだ。唇を唇でなぞられるような口付けが続いて。今まで床についていたはずの手を上げて、髪を分けて私の首元に触れた。びっくりして思わずびくりと体を反応させると、面白がるように首に手を這わせ、ゆっくり、ゆっくり髪をかきあげる。さらりと髪を流して、首元から上がってきた手が、そっと耳に触れた。親指と人差し指で、そっと耳たぶを撫でると、体に甘い痺れが走った。びくりと体を震わせた私をみて目をやさしげに細めて、もういちど耳をするりとなぞる。その仕草があまりにも色っぽくて、ドキドキして、死んでしまいそうだ、と思った。きゅうん、と締め付けられる。心臓が、痛い。

「可愛い…」
「…う」
「なまえ、」

そんな声で、そんなに愛しそうに、私の名前を呼ばないで。お互いの鼻先と額をくっつけさせたまま話すから、口にジョージの息がかかる。いろいろ通り越して泣きそうになって、ジョージ、と名前を呼ぼうとすれば、そのまままた唇を奪われた。やさしく触れるけど、今度は少し押し付けるみたいに。唇をなめて、また食べるように這わせて、ちゅ、というリップ音を響かせて離れて行く。もうやめてジョージ、しんじゃう。抵抗できる力をすべて奪われて、すぐそこにあるジョージの目に訴えかけるしかなかった。べたべたになった唇をそっとなめて、その唇が、指で触れている方とは逆の耳元へ移動する。湿ってべたべたになったジョージ自身の唇が、耳たぶに触れて。唇で耳たぶを挟むようにして、その奥の下でぺろりと舐めるから、反射的に体を震わせて、のどからかすれた声が出た。

「あ…う、」
「なまえ…かわいい…」
「やだ…ジョージ、ジョージ」

濡れた耳たぶに、息を吹きかけるようにしてそっと話すから、また体が震える。体が痺れを帯びて、力が全然入らない。ぞわぞわという感覚に自分自身を制御できなくなるのを感じた。そんな私の事を、ジョージはわかっているのだろうか。耳たぶを唇でもてあそびながら、反対側の手は耳を解放して、ゆっくりと首を人差し指でつつ、となぞるようにして降下させる。それにもまた体にぞわぞわと震えが走って、嫌なわけじゃないのに、目じりに涙が浮かんだ。すす、となぞった人差し指が、鎖骨に触れる。思わず、あ、と声をあげたら、耳たぶから唇を話して、そこにちゅ、とキスをした。もうだめ、ほんとうにだめ。ジョージ、と名前を呼んだと同時にぽろりとたまっていた涙がこぼれて。
それと、ほぼ同時だった。

「ジョージ!やっと見つけ…!」

バタン、と勢いよく扉が開いて、ジョージと全く同じ姿をしたフレッドが入ってくる。もう酔いがさめたのだろう。私とジョージを見て、思わずか言葉を止めた。

「た、たすけ…」

いつかと、全く同じ事をフレッドに訴えたら。ハッとしたフレッドがはじかれたように動いて、正気に戻れ相棒ー!と叫びながら、私からジョージを離した。そのままいつかのようにがくがくと肩をすさまじい勢いで何度か揺らすと、痛い!と、久しぶりにいつも通りのジョージの言葉が返ってきた。

「痛いぞフレッド!なんなんだよ!」
「やっと目が覚めたか」
「目が覚めたって…あれ、なまえ…」

きょとん、とこっちを見ているジョージが、目を潤ませながら若干服装を乱した私を見て一瞬で驚いたような表情を見せた。その途端また体中が一気に熱をもって、いてもたってもいられなくなって、教室から駆け出した。なまえ!とジョージが呼んだ声に、フレッドが何かを言っていたのが聞こえたけど、正直気にしている余裕なんか私にはなかった。
本当に、心臓に悪すぎる…!いつも通りに戻りたくてぶんぶんと頭を振ってさっきのことを記憶の片隅に移そうとするけど、残念ながらしばらくは頭から離れなさそうだった。



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -