自分と比べるわけではないが、なまえはどうやら記憶が残る方らしい。
何がって、もちろんあのジュースを飲んだときの記憶だ。酔いがさめた後のなまえはもうそれはそれは恥ずかしくてたまらなかったらしく、ひたすらにごめんと頭を下げてきた。前も言ったように俺たちは付き合っているんだから謝ることはないのに。シラフの状態で、フレッドがいることを分かっていながらなまえと存分にイチャイチャしていた俺には全く効果は無いが、あの場に居合わせていたフレッドのドヤ顔のからかいはなまえには十分効くらしい。可愛かったなあ〜いつもああだったらなあ?ジョージが羨ましいくらいだね!と思ってもいないくせにニヤニヤしながら言うフレッドに、穴があったら入りたいとでも言うように縮こまって、あーあー聞こえない聞こえない、と顔を真っ赤にして言う光景は既に10回は見たと思う。うっぷんを晴らすようになまえをイジりまくるフレッドの顔といえば、かなり爽やかでスッキリしたとでも言わんばかりに活き活きしている。

「今に見ててよね…フレッドめ」

悔しそうだが、そのときのことを思い出しているのか少し顔が赤くなっているなまえはなんとも単純だと思う。俺としては、まさかあのなまえからあんな行動に出てくれるなんて、毎日でも飲ませてやりたい気分である。ちなみになまえといえば、俺を見て恥ずかしそうにはするものの、相対的に見てこの前までのすれ違いのようなことは起きていない。とはいえ俺の顔を見ると恥ずかしいらしく(フレッドを見ても同じだが)、傍にはいるがあまり目は合わない。だが、決まって顔を真っ赤にして恥ずかしそうにするので、俺としてはむしろからかい甲斐があるということで、何の支障も無いしぎくしゃくすることもない。

「でも、だ」
「ジョージ?」
「そういつまでも照れられてちゃ、さすがの俺でも寂しいなあ」

おちゃらけながらからかうように言うと、なまえは少しだけ罰の悪そうな顔をした。

「自分だって同じくせに」
「ん?なんか言ったか?」
「なんでも」

ボソッと小声で言った言葉はしっかり俺の耳に届いていた。同じ、というのは、おそらく泥酔したときの行動である。確かに、フレッドから聞いた話だとなまえと似たり寄ったりだとは思うが…って、また余計なこと思い出した。まあ"泥酔"するジュースだからああなったのだ。きっと少しくらい飲んだだけじゃ記憶は消えないはずだ。大丈夫、将来俺は酒が飲める。何の根拠も無いがきっと酒に強いはずだ。信じてるぞ、俺。

「そんな余裕そうな顔してるけど、ジョージだってあれ飲んだら私と同じ気持ちになるから」
「さあ、それはどうでしょう」
「強がっても無駄ですー!この前ちゃんと、この目で」

そこまで言って言葉を詰まらせたなまえのほほがみるみる赤くなっていく。お、そのときのことを思い出したか。自分では話に聞いただけで自分の様子は全く覚えていないが、思い出しただけでなまえがこうなるほどだったのか。

「この目で、なんだ?」
「っ…!」

フレッドに聞いたといえども、実際に自分は覚えていないのだから、どれだけ恥ずかしい様子だったのかは、なまえに言ってもらわないと分からない。いったい俺が、何したんだ?ニヤニヤ、笑いながら問えば、なまえは顔を真っ赤にしてなんともいえない表情になった。きっとなまえは、この話題を出せば非を感じている俺より有利に立てると思ったのだろう。予想外の反応だったのか、表情からは少し困惑の色が見える。

「そんなこといってると、また飲ませるんだからね!」
「まさか、そんなことできるわけ…」
「あります。フレッドから貰ってきた!」

さっきとは打って変わって、得意げに勝ち誇ったような態度で小瓶を取り出し、俺に見せびらかす。馬鹿だなあ。そんな無用心に掲げていたら、あっというまに俺に奪われて逆に飲まされると考えないのか。ちなみになまえも自分の泥酔状態には非を感じているだろうに。まあ、うっかり抜けているとこがまた愛しくもあるが。ちなみにそんなものを見せびらかして俺に飲ませようとしたところで、体格差や力の差では圧倒的に俺が勝っているし、魔法を使ってきたとしても負けない自信があるし、あの手この手を使われたところで、その液体を飲まされない自信がある。そんな態度をとったところで全部無駄なのだが、やっと優位に立てた、と満足げにニヤニヤしている彼女がかわいいから、ここは知らないフリをしてやることにする。

「それをどうするっていうんだ?」
「飲ませて写真をとる!」
「それは大変だ」

またなまえを襲っちまうぜ、と大げさに怯んだ素振りを見せると、不満そうに表情を変える。思ったとおりに表情がころころ変わるので、思わず笑いそうになるのをぐっとこらえた。

「…何かたくらんでる?」
「まさか。今にもそれを飲まされないかびくびくしてるところだ」
「嘘。びくびくしてる人の態度じゃないし!」

怪しい…と疑い深い目を向けてくるなまえだが、その推測は間違っちゃいない。

あのジュースについて少し語るとしよう。あれは、まさに俺とフレッドが作ったオリジナルのジュースである。俺たちしか知らないし、俺やフレッド、なまえで試した分のデータを収集して、改良もしている。一番最初自分が実験体で飲んだときのデータは、ハプニングはあったもののどさくさにまぎれてちゃんとフレッドが記録に残している。そこで判明したのは、効果を出すために必要な量や、持続時間である。俺が1回目に飲んだときと2回目に飲んだときでは内容成分が違って、効果の持続時間にも誤差を生むことができた(ちなみに2回目の成分の方が長かったとフレッドのメモにあった)。もちろんなまえが飲んだときも、俺が2回目に飲んだときよりも成分を調節していて、そのときのデータは2人でしっかり保持している。今ではあのジュースは、度重なる実験により、成分量やかける魔法の内容がもたらす効果がしっかりとコントロールが可能となり、将来俺たちが店を出すにあたって申し分の無い"商品"となったわけだ。
そして俺たち自身が被験者となり次に考えたのは、このジュースに対抗できるいわゆる解毒(というと聞こえが悪いが)、の効果がある商品の開発だった。擬似泥酔状態をもたらすメカニズムは把握していたので、その知識を生かし、俺とフレッドはこのジュースの効果に対抗することのできるジュースを思っていたよりも短期間で完成することができた。

さて、話をこの場に戻すとしよう。
なまえとここに来る前はフレッドと二人でいたわけだが、その時、フレッドがなまえに泥酔ジュースを渡したことを既に聞いていたことをここで白状する。つまり俺は、何らかの状況下でなまえがあのジュースを引き合いに出してくることを予測することができていたわけである。ちなみに、少しからかえば手に入れたジュースを武器にしてくるであろうと言うことも予測していたので、全て俺の思うツボというわけだ。

「まあ、それを飲んだところで今度は失態を見せない自信があるぜ」
「その根拠は?」
「うーん…俺だから?」
「なにそれ」

意味わかんない、と笑ったなまえは、泥酔ジュースを盾としているものの、おそらく本気で俺に飲んでほしいとは思っていないのだろう。うわさに聞くように、俺が"ああ"なってしまうから。でも、いろいろあって吹っ切れた俺はもうあまり気にしてはいない。それに今は2人きりの教室。次の時間にこの教室で授業が無いことも既に把握済みである。例え酔い覚ましジュースが効かなかったとして、俺がここでどうなろうと差し支えは無いのだ。まあ、せっかくなまえといちゃついているというのに記憶が無いというのは残念だが、おそらくその心配も無いだろう。聞きたくは無かったが、フレッドから自分の失態を余すことなく全て聞いた甲斐があったというものだ。対抗薬は、既に先ほど飲んだ。

なんてったって、俺とフレッドが開発したのだ。しくじるなんて、ありえない。

「試してみるか?」
「え…ちょっと、ジョ…」

無用心に見せびらかされていたそのジュースをいとも簡単に奪って。
さあ、今こそそのときだ。

「待っ…!」

焦ったなまえの表情が見える。何の迷いもなく奪ったそれを一気に飲み干し、なまえ、愛しい彼女の名前を呼べば、俺のセーターの裾を必死に引っ張っていた動きが止まった。
なあなまえ。このジュースを飲んだとき、俺はどんな様子だった?そのとき、なまえはどんな顔をして、どんな反応を見せたんだ?
ジュースを完全に飲み干してから、試作品といえどもやはり自分たちの発明品は天才的だったと再確認する。実際に話にしか聞いていないのだから、教えてくれないと分からない。どんな様子だったか。なまえがどんな反応を見せたのか、実際に見ないと分からない。きっと、最初に俺が泥酔ジュースを飲んだときの記憶を呼び起こしながら。顔を真っ赤にして俺を見つめるなまえの髪にさらりと指を通した。固まって顔を真っ赤にする愛しの彼女は、恥ずかしいくせにさっきとは打って変わって、目をまん丸くしながらも俺の目をじっと見ている。おもわず笑ってしまいそうになるのをこらえて、未だ固まったままのなまえに顔を近づけた。

教えてくれよ、なまえ。今度はちゃんと覚えているから。

ああきっと、これが俺の演技だと気付くのはもう少し先のことだろうから。このジュースが成功したご褒美に、少しの間、思うまま、お前に触れることを許してくれよ、なまえ。


メフィストの誘惑






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