一瞬、何が起こったのかわからなかった。

「っ…ごめん!」

走り去っていくなまえの後姿を見て、心臓が握りつぶされたような気がした。



――遡れば、それは俺たちが作ったあのジュースがきっかけだった。

「なあ、教えろよフレッド!」

隣のベッドでだんまりを決め込む片割れは、俺の問いかけに答える気がないらしい。どれだけ思い出そうとしても全く記憶になかった。なまえとフレッドとアンジェリーナとリーと俺で一緒にいて、開発したジュースの話をしていたはずなのに。フレッドがそれを飲んで酔っ払って(思っていた通り)テンションが上がり切ってなまえに絡むものだから、それを引きはがそうとして、無理やり飲まされて。そこで記憶が途切れてしまっていた。ふと気が付いた時には、なまえが顔を真っ赤にして泣きそうになりながら去って行った。いい加減、自分がどんな状況に置かれたかをフレッドから聞き出そうと思ったのだ。先ほどなまえと仲直りのようなものをして、何の問題もなくなったわけだが。それでも、あの時のことを思い出すともやもやする。一体自分はどうなって、なまえはどうしてあんな風に去って行ってしまったのか。フレッドはどうして一生懸命自分を揺さぶっていたのか。酔っている間、俺はなまえに何をしてしまったのか。双子でありながら俺とフレッドは結局酔い方が違ったらしい。
実際、なまえとぎくしゃくした理由は絶対にそれなのだ。タイミングといい、それしか考えられなかった。だからなおさら気になった。

「フレッド、おい!いい加減に教えてもいいだろ!」
「…なんでそんなに気になるんだよ」
「気になるから仕方ないだろ。言わないとアンジェリーナにあのことばらすぞ」
「!!」

あの事とはあの事である。正直、フレッドがアンジェリーナにばれたくない”あのこと”に心当たりがありすぎてどのことを言っているのか自分でもよく分かっていなかったが、フレッドには十分効いたらしい。一体フレッドはアンジェリーナに対してどれだけの非を感じているんだ。今までの態度とは打って変わって、ぴんと背筋を伸ばして俺を見るフレッドの目に迷いはなかった。

「俺が悪かった相棒。お教えしようじゃないか」
「うむ。よきにはからえ」

どうやら、教えてくれる気になったらしい。むしろどうしてあそこまで言うのを渋っていたのかは分からないが、まあ結果オーライとしよう。で、あの時何があったんだ、とフレッドに再度尋ねた。そして俺は酔ったらどうなるのか。あの時何が起きて、なまえはどんな状況だったのか。フレッドは、そのすべてを洗いざらい話してくれた。
そう。俺の覚えていない俺まで、すべてをだ。



「お前が悪いぞ、ジョージ」
「…なまえ」
「やーい。泣かせたー」

おどけているようでそうではないフレッドの言葉が刃となってぐさりと自身に突き刺さったような気がした。俺が傷つけた。俺のせいだ。全部わかってる、だけど実際自分を否定して去って行ってしまったなまえの姿を見て、どうしようもなく後悔した。

きっかけは、自分の失態を洗いざらいフレッドに聞いたことだった。まず、まさか自分酔った時の記憶がなくなるタイプだとは思わなかった。例えばもしフレッドみたいに暴れた後ふと正気に戻ったら記憶がないとか、それだけで性質の悪いタイプだ。フレッド自体は自分の記憶を持っているらしいが。自分の父はどうだっただろう。はたまた、自分の母は。実際そうなった姿を見たことがないが、うるさくなったり眠くなったり泣き上戸になったり、様々なのだろう。だが、フレッドに聞いた自分の姿は。今まで聞いたことのないようなものだった。
甘えだすって、なんだ。
しかもただ甘えるだけじゃないらしい。酔った時の俺は、突然静かになってなまえの名前をひたすらに呼びながら、なまえにイチャイチャし始めるらしい。その時点で正直もう自分のそんな姿について聞きたくないとは思ったが、ちゃんと最後まで聞いた。そして知った。自分は、必要以上になまえに触れ、いつもしない態度をとり、なまえを求めたって。

それがきっかけだった。自分はまだ、なまえと手をつなぐことすら数回。抱きしめあう事すら指で数える程度。キスなんて、記憶にある限り数えるまでもない回数だ。それくらい大事にしていた。簡単に触れたくなかった。なまえの気持ちを大切にしたかった。何よりも自分が、大なり小なりそういう行為をなまえに強要したくなかった。だからこそだ。フレッドから自分の失態を聞いて、ある種のショックを受けた。
そして、なまえに触れるのが怖くなった。

「何やってんだ。はやくいけよ」

だって、意識や記憶がないその状況で自分がそうしたという事は、自分の本能がなまえとそいういう事をしたいって求めていたという事だ。そりゃあ人間だ、俺だって男だ。いつかは、と思っていたが、その時は俺の考えている限り今ではなかった。キスも、抱きしめるのも、触れるのすらも。大切にしていたのに。自分を制していたのに。知らないところで、自分の意識のないところでなまえに触れていたなんて。信じられなかったし、自分に酷く失望した。せめて自分の意志で、ひとつずつ、ゆっくりなまえに触れたかった。だから、なまえに触れることが怖い。触れて、自分を制御できなくなるのが怖くて。避けてたわけじゃない。だけど、なまえに触れる行為とか、なまえと二人きりになることとか、そういう意味では全部を避けてた。だってそんなことを聞いてしまった今、二人きりになってなまえに触れてしまった時、きっと自分を制御できなくなってしまう。大切にしたい。ゆっくり、一歩一歩歩んでいきたい。大切だからこそ。俺は、そのくらいなまえが大切で、大好きなんだ。そう思っていたのに。これじゃあ、今までやってきたことの意味がないじゃないか。

「…行ってくる」
「おう」

結局泣かせてしまったのだ。大切にしたいと思いながら、大切にするどころか悲しませてしまった。それに何より、あんな表情をさせてしまった。心臓を引き裂かれてしまったような感覚がした。
今までこんなことはなかった。いつだって俺だけを見て、あんなに俺を好きだと、一緒に居たいと全身で伝えてくれるなまえに、彼女に出会って初めて自分を否定されたようで、とても衝撃を受けた。鈍器を頭で打たれた気分だ。ああ、でも俺は、きっと俺が今感じているのと同じような思いを彼女にさせてしまったんだ。きっと今も泣いている。たった一人で、悲しんでいる。

はやく、はやくなまえのもとに。駆け出した足は、自然にまっすぐとなまえの消えた方向へと向かった。



第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -