一瞬で消えてしまう儚さか。
それとも、朽ちることなく永久に残っていくものか。

例えば、どちらが美しいかと聞かれたら、私の直感が選ぶものは一瞬の美である。私たち日本人には、一瞬にして散っていくその”儚さ”を美しいと感じる感性があり、私もその中の一人だ。そして反対に、永久を美と思うかと言われたら、それは美ではなく、一種の執着であると考える。一瞬にして消えてしまうものは、脳裏に浮かぶだけで、もう二度とをの姿をこの目で拝むことはない。永遠に残るという事は、そのもの自体はずっとそこにあって、何度でも目にすることができる。どちらを好むかというのは、要はそれをどう感じるか、個人の感性による解釈によるのだ。
一瞬にして消えた残像を思うか、長く残ったという事実を感動とするか。
ちなみに、私はこれらをすべてものに例えている。でも、あくまでそれは”モノ”を対象に考えたからであって、恋愛面で考えた場合、私が好むものは全くの逆である。面倒くさい感性だ。そのほかのほとんどは違うのに。
永遠の愛なんてものに、どうしようもなく惹かれてしまう。

「あ、ねえ待って」

あの人は、儚い人であった。
一緒にそこにいるはずなのに、ふらふらとどこかへ行ってしまうような不安定さがあった。二人一緒に居れば、そこにいる安心感を得られるというのに、彼一人になった瞬間感じてしまう不安を、言葉で表す事は出来ない。
悪戯が好きで、常に話題の渦中にいて、静かであることを好まない彼らは、学年のみならず、学校中から人気者だった。もちろんそれに伴い彼らを苦手とする人達もいたが、その人たちと比較すれば圧倒的な人気を誇り、彼らの名を知らない人などこの学校にはいなかった。近くにいるのに、雲の上の存在のような不思議な存在感を持った二人に憧れる人は多かった。興味や、好意を持つ人も多かった。そんな人たちを一歩、二歩、三歩、傍観しているかのような遠い距離から見ている私も、そのうちの一人だった。憧れ、興味、好意。私が彼ら、強いては片方に抱いている感情は、それらに加え、妬み、嫉妬、といった劣情ばかりだった。

「なまえが遅いからいけないんだ。もうジョージは行っちゃったぜ」

彼が私に歩幅を合わせてくれることはなかった。私がいつも足早に歩いて彼の隣を歩こうとするだけで、ああ、私はいつも、彼の背中を追いかけているだけだった。一緒にいるのに、彼の気持ちは先へ先へと行ってしまって、私といるここに有る事はない。彼はいつも前を見ている。振り返ることなく、先へと進んで行ってしまう。歩く速度を気にすることはなく、一緒にいる私を意識することなく、私を待つことなんてない。
少なくとも、彼にとっての優先順位はいつも、私ではなかった。

「あるくの、はやい」
「なまえが遅いんだよ」

彼が人に合わせるという事はない。一緒にいる、双子の片割れでもあるジョージはずっと一緒にいるが、ジョージがフレッドにペースを合わせているわけではなく、自然にあってしまうのだ。だからお互い、自分と全く同じ感性を持った相方と二人だけの世界を作りあげる。そうやって出来上がったものは彼らが先へ先へと進み見た、私たちには到底たどり着けないようなもので、だからこそ異質である二人の空気に魅入り、興味を示す。二人の間には入っても入りきれない二人だけの何かがあって、その何かの正体を知っている者はこの世界に一人たりとも存在しない。よく一緒にいるリー・ジョーダンだって、二人の間に入って行ってしまえば、二人でいる時の空気は消え、新しく三人の世界が創り上げられる。二人の間にはいる事は出来ない。二人に追いつく事なんて誰にも出来ない。だから、一人だけなら。フレッドだけならと思っても、彼はいつも、ひょうひょうと手の中をすり抜けて去って行ってしまう。双子だって言っても、ジョージだったら違うのに。ジョージはきっと、一緒に歩いて、手を引いて、二人だけの空気の中に一緒にいてくれる。でも、フレッドは違う。仮にも彼女であるのに、捕まえたと思ったのは、わたしの想いを聞き入れてくれた一瞬だけ。その時以来、彼が私に振り返ることはない。やっとの思いで捕まえたと思ったのに、すぐにいなくなってしまう、ああ、そう考えれば考えるほど、彼と私の間にある関係をどちらかで表すならば、一瞬という言葉がよく似合う。
だからこそ、私は永遠を好むのだ。

「待って、ってば!」

早歩きから小走りに変えて、やっとのことで彼の裾を掴み、歩みを止めさせる。自分が速く歩けばいいだけのことを、こうやって追いかけて止めてしまうのは、私のせめてもの意地だった。私ばかりが気にして、私ばかりが好きで、私ばかりが追いかけて、私だけが悲観して、私だけが求めてる。そんな気がしてならなくて、同時に、少しだけでも私と同じような気持ちを持ってほしくて、フレッドに対して、諦めきれない気持ちが彼を呼びとめる。この、たったひとつの動作。袖をつかんだだけの小さな行為だって、私にとっては必死の呼びかけだった。

「あるくの、はやいよ」

寮に向かうだけなのに、一緒にいるという事実がここまで私を焦らせる。必死なのだ。いっぱいいっぱいで、フレッドのことで頭がいっぱいで、ああ、私はただ。少しだけでいいから、立ち止まってほしいだけ。一緒に歩いて、こっちを見てほしいだけ。一緒に私がいるんだって思ってほしいだけ。それだけの事なのに、ひとつひとつ重くとらえてしまう私も、相当ねじまがった感情を持て余していて。

「仕方ないだろ」
「…仕方ないって」

フレッドの意図は、いつだって私には見えない。それは、彼に拒絶されるのが怖くて、自分から知ろうとすることを恐れて、踏み入れないから。私がいつも、知ろうとしないから、いつまでたってもフレッドに近づく事は出来なくて、彼の考えていることをなぞることもできなかった。

「だって、お前絶対ついてくるんだから」
「え…」
「どうせ一緒に行くんだから、別にいいだろ」

たった少しの事なのに。一緒に歩いて、一緒に寮に向かうだけの事。それなのに、フレッドの関係に例えて重く大きくとらえてしまう私は相当のネガティブだって自分でもわかってるけど。
だからこそ、フレッドの言葉ひとつが、大きく私の気持ちを左右する。

「早く来ないとおいてくぞ」

立ち止まることはなく、そういいながら寮への道のりを進む。一瞬止まってしまった私は、また慌てて駆け足でフレッドを追いかけた。
おいていく、って言ったのは。先に行くぞ、って意味で、つまりそれは、フレッドが私と一緒にいる、って根本で思ってるという事。一緒に行くって言った。初めて、フレッドの口から、そんなこと。

「待って、ねえ」

ついてくるって、ちゃんと知ってたってこと。私が小走りでフレッドの背中を追いかけているのをちゃんと見てたってこと。その一瞬、消えようとしていたものを、私の脳裏が抑止する。私ばっかり見てるって、好きだって、意識してるって思っていたことがすべて、プラスの感情を帯びていく。思うより先に声が出て、歩み寄ろうと、一歩を踏み出す。

「フレッド」

名前を呼べば、少しだけ首を動かして、私を見やった。きゅう、って心が締め付けられるみたいで。ただ一緒に歩いて、こっちに少しだけ振り返った、それだけ。それだけの事なのに、告白を受け入れてくれた時みたいに嬉しくて、無意識に笑顔がこぼれた。フレッド、あなたにはちゃんと、私の声が。

「なんだよ、なまえ」
「ううん、なんでもない」

緩んだ私の口元を見たからか、フレッドが薄く笑う。ちゃんとついてこいよ、と言ってフレッドはまた前を見てしまったけど、私との距離が開くことはなかった。私はまだ、少しだけ速足。でも、急ぐことはもうなかった。

彼を儚い人だと思ったのは、私と彼との関係を、彼にそのまま当てはめてしまっていたからである。返事が返ってこないのを恐れて呼びかけはしなかった。拒まれるのが怖くて、歩み寄ろうとしなかった。隣を歩くことができずに背中を追いかけてばかりいて、私はいつか、フレッドのことを忘れて、自分の事ばかり考えるようになってしまっていた。でも行動を起こしてみれば、フレッドは自分が思っていたよりも近くにいて、私を見ていたし、気にしていたみたいだ。それに気付けなかったくらい余裕がなかった私の、少しだけ絞る出したほんの少しの最初の勇気は、フレッドが掬い上げた。一瞬だ、と思っていた。でも、一瞬だと決めつけていたのは自分で、そうさせてしまったのは自分だった。歩み寄ることを忘れて、悲劇のヒロインだと思い込んでいた。でも、そうじゃなかった。

「ちゃんとついてこいよ」

フレッドが速く歩くのは、私が追いかけてくると信じているから。離れることなく一緒にいるんだと疑わないからだ。永遠だと例えるのは大げさかもしれない。でも、私の知らないところで、フレッドはずっと私の存在を捉えてくれていたのだ。人によっては、それがどうせ一瞬の想いだというかもしれない。でも、私は信じてみたい。ずっと彼を想いやっと叶った恋心が、きっとこの先もずっとフレッドに向いたままだからこそ。フレッドが、私が知らないところで私を想ってくれていたなら、その想いがずっと私の傍にあることを。きっといつか誰も知らないその想いは、一瞬となって誰の記憶にも残ることなくなくなってしまうのかもしれないけど、確かにあった想いは、ずっとわたしの中に残っていくのだから。


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