「あの…ここいいですか?」

ああ、と答える先輩はこちらを見ない。あまりにもいつもの先輩らしくない。少し物静かというか、明るくて元気でおちゃらけてるのとは正反対、みたいな様子の先輩を見たのは…何回かあったような。そして今まで見てきたそのすべては自分の記憶が正しければジョージ先輩だったはず。じゃあ、ここにいる先輩もジョージ先輩だろうか。フレッド先輩のこんな姿なんて見たことないし、まあ、憶測なんだけど。黙り込んでしまった先輩になんて言っていいかわからなくて、寒いですね、なんて当たり障りのない事しか言えない。うん、とそれ以上続けようもない話だったから端的に返事をしてくれた先輩の声を聞いて尚更後悔。もっと気の利いたことが言えないのか自分。せめてジョージ先輩かフレッド先輩かどっちかわかればなあ。ジョージ先輩だと思うんだけど、勘だからなあ。だからって聞くのは失礼だよね…うーん、でも先輩たちなら気にしない気もするし…。

「…あの」
「なあ」

思い切って確かめてみようと呼び掛けると、同時にジョージ先輩(だと思っている)がこちらを見ないまま声を発した。少し驚いて、はい!と畳みかけるように返事をする。勢いに押されたわけではないだろうけど、少し言葉をためらった先輩が、やっと初めてこっちを向いた。

「どういう意味か知ってるのか」
「え…」

座っているはずなのに、目を合わせるにはジョージ先輩を少し見上げなければならない。私も背が低い方じゃないんだけど、先輩が周りよりも高いから必然的にそうなってしまう。でも、そんな些細なことにだってドキリとする。ジョージ先輩の言った言葉の意味をとらえるのに時間がかかって、ぼーっと先輩を見ている間、そんなことを思っていた。なまえ、ともう一度名前を呼ばれてハッと我に返って、先輩が言っていた意味を、なんとなくで理解した。

「穢れた血…って、言ってたやつですか?」

確信を完全には持てなくて、自信なくそう尋ねてみれば、ジョージ先輩は眉を寄せてあからさまに嫌悪感を露わにした。あっているらしい、こくりと小さく頷いたジョージ先輩は、怒っている。そういえば、こんなふうになっているジョージ先輩を以前にも見たことがある。
少し違かったかもしれないけど、その時だって今と同じように、私の事について怒ってくれた。

「聞きましたけど、私は…それよりもハーマイオニーが泣いてて、」
「それだ。俺はなまえにも怒ってるんだぞ」
「え!?」

ただでさえ、ジョージ先輩がこんな風になっていること自体珍しいというのに。まさか怒りの矛先が自分に向いていたという事に驚いて、同時に心の中ですごく慌てた。わ、私何か先輩の気に障ること…マルフォイ君じゃなくて私に怒ってたんだ。やっぱり朝のアレの時でしゃばったのが悪かったのかな。ジョージ先輩にそんな感情を向けられたことにとても焦った。どうしよう、ジョージ先輩に嫌われたら、私、

「ご…ごめんなさい、思わずカッと来て、でももう出過ぎた真似はしませんから…!」
「違う、そうじゃない」
「じゃあ…!…すみませんジョージ先輩、わたし」
「なまえを嫌いにはならない!…っあーもー!」

ジョージ先輩がどうして怒っているのかわからなくて、でもジョージ先輩が私に怒っているという事実に面しているだけでなんだか泣けてきて情けない言葉を言おうとすれば、それを察したのかジョージ先輩が私の言葉を遮った。そしてそのあと、あっという間にジョージ先輩の腕に包まれてしまって。暖かい先輩の体温を感じて、ドッドッド、と心臓が大きくはやく音をたてた。抱きしめられてる、そんな現状に焦らない方がおかしい。鼓動が先輩に伝わっていないかどうか心配になった。先輩の体温だけが理由じゃない。体が、熱い熱を持った。
顔はジョージ先輩の胸元にあった。ふわり、ジョージ先輩の香りがする。

「なんでいつも自分のことには怒らないんだ」
「…え」
「いっつも自分のことは後回しだ。俺たちをかばってくれたのは嬉しかったけど、なまえはもっと…!」
「ジョージ先輩、」
「…分かれよ」

前も言っただろ、と言った先輩の声は、さっきよりも落ち着いていた。私の背中に回った腕の力も少しだけ緩まっていた。今そんなことを思うのはジョージ先輩に申し訳ないけど、それでも、先輩が私の言われたことを、まるで自分のことのように怒ってくれるのが嬉しかった。私に怒っている。でも、あの時と同じ、私にされたことも怒ってくれている。嫌われたわけではないという安心感と、嬉しさと、抱きしめられている恥ずかしさと。暗く静かな談話室の中でジョージ先輩が柄にもなく真剣になっていて、その場ではたったひとつ、私の気持ちだけが異質だった。

「あの…知らなかったんですよ。ハグリッドの小屋で、初めて聞いて」
「でもなまえだって辛いだろ」
「それは…少しはショックですけど、でも私だけじゃないし、みんなが慰めてくれましたし。それよりもジョージ先輩とフレッド先輩のことを馬鹿にされた方が」
「嬉しいけど、俺たちはいくらでも仕返しできるんだ。もっと自分を大切に」
「でもわたしは嫌なんです!私の大好きな先輩たちが馬鹿にされるのは嫌です!馬鹿にされる理由がめちゃくちゃだし、理不尽です!」
「なまえ…俺たちのことを怒ってくれるのは嬉しい。でも俺だって同じなんだ。なまえが馬鹿にされたら、俺もムカつく」

ジョージ先輩がそういってくれたから、思わず言葉を止めた。緩まっていた私を抱きしめる腕の力が、もう一度こもった。こんな時に、幸せって思うのはおかしいはずなのに。私を抱きしめる腕も、不機嫌な声も、怒っている表情も、私のことを考えてくれてるジョージ先輩自身も、何もかもが愛しいと思った。敵意を向けられることはとても悲しい。でも、ジョージ先輩が悲しんでくれるから。ジョージ先輩が、一緒に惜しんでくれるから。

「ジョージ先輩はマグルのことを悪いとか言ってないですし」
「もちろんさ!俺はマグルが好きだ」
「ほら。だから大丈夫なんです」

自信をもってそういってくれるから、また嬉しくなって、抱きしめられているせいで先輩からは見えない自分の表情が、また勝手に緩む。周りから嫌われたり、貶されたりするのはとてもつらい。でも、私にとっての唯一で、大好きなジョージ先輩が私を認めて、私に対する罵倒を怒って、私が傷つかないように守ってくれようとしたり、それだけで悲しい気持ちが吹っ飛んでしまうという事を、ジョージ先輩は知っているかな。ジョージ先輩が味方でいてくれるという事が、どれだけ自分の中でたくさんの前向きな気持ちを生み出すかという事を、ジョージ先輩はきっと分かっていない。むしろそれだけで誰よりも幸せだと思えるという事も、伝わればいいのに。

「ジョージ先輩はマグルが悪いって言ってなかったって、マルフォイ君に教えなきゃですね」

わたしの中でジョージ先輩は絶対なんだから。ジョージ先輩が言ったこと、フレッド先輩とかハリーとかロンとか、きっと他の人も思ってくれていることだと思うから。ハーマイオニーだって、きっとそう思っているはず。やっぱり貶されたら悲しい、けど、ジョージ先輩のおかげで嬉しくもある。なんだか不思議な気持ちだ。

「ありがとうございます。ジョージ先輩が怒ってくれたの、本当にうれしいです」
「なんだよそれ。俺は本気だぞ」
「じゃあ尚更嬉しいです。ありがとうジョージ先輩、大好きです!」

多分、そういった自分の声は少しはずんでいた。嬉しさの勢いで私もジョージ先輩にぎゅうっと抱き付き返した。ジョージ先輩に抱き付いた記憶は何回かあるけど、ジョージ先輩から抱きしめられた記憶はなくて、きっとこれが初めて。なんだか嬉しいことだらけだ。私が思ってるようにって先輩はいった。私がどれだけジョージ先輩やフレッド先輩のことが大好きか分かっているのだろうか。でも、私がふたりを、ジョージ先輩を思っているように、ジョージ先輩だってどんな形であろうと私のことを大切に思ってくれているとジョージ先輩から直接言われたみたいで、本当に嬉しかった。今度は、嬉しくて泣きそう。ぎゅうって抱き付いたら、ぽんぽん、とジョージ先輩の大きな手が背中を撫でてくれた。ああ、好きだなあ、って。じわじわ自分の中に感情があふれてくる。嬉しい事ばっかりだ。談話室に降りてきてみてよかった。
今あったことも、そのあとしばらくして我に返った私が慌てて先輩に謝りながら離れた私を見て、ジョージ先輩に笑われたことも、二人だけの秘密ね、ってジョージ先輩と笑いあった。それもこれも、今日あったこと全部、私にとってはすごくうれしい事だった。



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -