魔法なんてものは、人の願望が作り出した空想のものにすぎないと思っていた。

「マジここどこ…」

生粋の日本人で日本育ちである私は今、渋々ロンドンに来ていた。ちなみに、私にとっては初めての海外旅行である。海外旅行であれば、もっと楽しい気分で、ワクワクしながら観光できたはずである。だが、今の私はそれとはまったく状況が違う。新しいものすべてに目移りして、少なからず興奮を覚え、好奇心が躍ったことは確かだが、それはここに訪れてすぐまでの話である。

「お、お母さん…」

一言で言ってしまえば、いわゆる迷子である。こんな来たこともない外国の地で迷子になるなんて、今の私は絶望しか感じていなかった。

先ほども言ったが、私がここロンドンに来た理由は観光ではない。そもそものことの発端は、私の祖母にある。イギリス人であるおばあちゃんと私には、血のつながりはない。私は自分の両親とは血がつながっているが、母方の祖母であるおばあちゃんとお母さんは血がつながっていない。要は、お母さんはおばあちゃんの養女なのである。おばあちゃんは日本人の、今のおじいちゃんと結婚して、日本に住んでいる。昔からおばあちゃんもおじいちゃんも大好きで、別居ではあるがそう遠くはないため、よく家に遊びに行った。英語は、幼いころからおばあちゃんと接してきたおかげでかなり自信がある。やさしくて大好きなおばあちゃん。そんなおばあちゃんがある日突然言ったこと。

「なまえは、魔法使いなんだよ」

英語で宛先の書かれた封筒を見て、目を細め、懐かしげに微笑みながら、おばあちゃんは平然とそう言ってのけた。

「またまたー、何言ってるの!そんなことよりもごはん食べようよ」

この夕飯時に突然何を言い出すのか、と私はおばあちゃんの冗談を茶化すようにして返した。おばあちゃんの冗談にお母さんとお父さんは何も言わない。そこまで気にも留めず、今日のごはんはなに、とお母さんに聞いたら、固まっていたらしい表情をはっとさせ、二つ返事でにくじゃが、と答えた。

「冗談じゃなくて、本当の話だよ」
「おかあさん」

お母さんが、おばあちゃんを呼ぶ。普段は私に合わせておばあちゃんって呼ぶのに。冗談じゃないといいながら、おばあちゃんがどこからか何かの棒を出してくる。何それ、と聞く前に、おばあちゃんが何かを言って、そして、その棒を振った。

「…は」

何も声が出なかった。夕食前で、今から夕飯がならぶはずたったそこには、お母さんが今まで作っていたにくじゃがも、そのほかのメニューも何もかも出そろっていた。何もなかったのに。突然目の前に現れた。

「もう一度いおうかね」

誰も何も言わない空間。お母さんとお父さんは何も言わず、驚いた様でもない中、ただ私一人だけが唖然と口をひらいていた。にっこり微笑みながら、決して大きくはないおばあちゃんが言ったもう一言が、私にとってはやけに大きく聞こえた。

「なまえは、魔法使いなんだよ」

この手紙が証拠だよ、というおばあちゃんの言葉は、今目の前で起きた事のせいでまったく頭に入ってこなかった。


――そして、現在に至る。
現状を理解しているけど理解し切れていないお母さんとお父さんと、飛行機に乗って訪れて、なんだっけ。ダイナソー横丁?に教材などを集めに来ていたのに、なぜかはぐれた。もう泣きたい。いかにも魔法使いが乗っていそうな箒が売っていたり、なんかやたら古そうな本が置いてある書店とか、フクロウしか売ってない店とか、もともとロンドンと日本の街並みに差があるというのもあるが、自分の住んでいたところとのあまりのギャップに正直もう帰りたかった。ちなみに、迷子になってから常に涙目である。もうやだ。かえりたい。日本の友達と一緒に居たかったのに。

「ここどこやねーん…」

ひとり呟いてみても、それに返事をしてくれるお父さんとお母さんはいない。
イギリス人で、魔法使いだったらしいおばあちゃん(実際に魔法を使われてしまえば信じるしかなかった)の存在があって、そしておばあちゃんたっての希望で、日本に住んでるのに何故かイギリスの魔法学校から、入学許可書が送られてきたらしい。なんでも、魔法界(正直まだ胡散臭い)では知らない人のいないハリーポッター?という人が入学するという事で、全然よくわからないけどおばあちゃんはとても興奮していて、わたしをイギリスのホグワーツというところに入学させると決めていたらしい。ていうか私魔法使いって誰が決めたねん。何でわかったねん。魔法とか胡散臭すぎていまだに5%くらいしか信じてないのに(あれはおばあちゃんのマジックだと思うことにした)。お父さんとお母さんは、もし生まれてくる子に少しでも魔力?があったらホグワーツに入学させると、私が生まれる前から約束していたらしい。そして届いた手紙。お母さんもお父さんも、否定はしたもののおばあちゃんに逆らえなかった。

だいたい魔法使いって何?学校とかあるの?優等生と劣等生が存在するの?僕と契約して魔法少女になってと言われるの?そんなんだったら私は一目散に姿を消す。私は日本のアニメの魔法使いしか知らないんですよ!もう!

「……」

それに、さっきから視線が痛い。それもまあ当たり前ともいえる。私一人だけが、日本人。注目を浴びるのは仕方がないといっても、正直居心地が悪いったらない。自然と肩を窄めて下を向いて歩いていた。小心者のビビりなのにもうやだ。何この仕打ち。迷子になるし超みられるし文句しか出てこない。私がもし本当に魔法使いなら、今すぐここでドロンパして日本に帰りたい。お父さんとお母さんどこやねーん!

「…うわ!」
「ぶっ!」

前を見てなかったせいで、ドン、と誰かにぶつかってしまった。完全に、見てなかった自分が悪い。驚きつつも、謝ろうと慌てて顔を上げた。

「…わ」

バチッ、と、ぶつかったその人と目があった。くりくりとした瞳。赤色の髪。白い肌に、小さな顔。高い身長と、その見た目に違和感がない程度にがっしりとした体。本能的に、その人のことを綺麗だとおもった。あまりにもかっこよくて、思わず見とれてしまう。だけどその途端に我にかえって、慌てて謝った。

「あの、すみませ…」
「わお」

遮った声と、少しだけ嬉しそうとも驚いているともとれるような、好奇心の沸いた表情で。

「真っ黒な、綺麗な髪だ!」

そういって、毛先にだけさらりと流す様にふれて、すぐに離れた。僕も前を見てなかったんだ。ごめんな、と言ってその人は通り過ぎていく。私は最後まで謝ってないのに。振り返ってごめんなさい、って、そんなこともできず。私はただ、真っ赤な顔を隠すことなくそこに突っ立っていた。



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