綺麗な髪だ、とジョージ先輩に言われてから。私は自分の髪が好きになった。自身の髪に好きとかそういう感情を特に抱いたことはなかった。けど、そういわれてから、前よりも髪のお手入れを真面目にするようになった。日本人にとって、黒髪は当たり前のことである。だけどこっちに来て、どちらかといえば茶髪や金、先輩たちに限ってだけど赤といった髪色とかたくさんの色素を帯びていて、黒髪の私が逆に浮いていると最初は思っていた。よく見れば黒髪の人もいるのに、自分の周りにいる人たちの髪色が明るめだったからだろうか。恥ずかしいな、と組み分けの前まで少しだけ思っていたけど。ジョージ先輩に再会して、そして、言われた二度目の言葉。さらりと髪を手で流すように触れた先輩の手つきを、今でも覚えている。

「前よりはさらさらになったかな」

ベッドの上、独り言を言いながら、さらさらと流す。先輩はどういう風に触れたんだっけ。どうやっても、あの時の感覚は忘れられない。自分でやっても、きっとこの先誰が髪に触れても味わえない感覚なんだろう。うっとおしくて切ろうと思った時もあったけど、伸ばしておいてよかったなって、それもジョージ先輩が思わせてくれたことである。

「なまえ、私先生に質問に行ってくるわ」
「あ、うん!」

テストが近づいてきて、ハーマイオニーは少しだけピリピリしていた。と言っても彼女は日頃からしっかり学んでいるので何の問題もないのだろうけど、毎日膨大な量の本を読みながら勉強している。ただでさえ勉強のできるハーマイオニーがそこまで頑張っていると、私はすごく焦る。魔法界の知識がゼロの状態でここに来たのだ。人の二倍は勉強しなければならないと自分でも思っていた。だから、最近はよく図書室に出入りするようになった。お気に入りの場所も見つけた。窓もなく狭いから、本を探しに来る意外に人がなかなか寄り付かない、2,3人用の小さな勉強机。全部なんて読めないのに本を多めにとって、期末試験へ向けて必死に勉強している。
ハーマイオニーが行ってしまったので、私も勉強をしようと図書室のいつもの一角へと向かった。今日は魔法薬学を勉強しよう。スネイプ先生は私にとって死ぬほど怖い先生なので、不安しかなかった。いつもの机に荷物を置いて、関係する本を探そうと図書室を歩く。すると、見覚えのある赤髪が目に入った。

珍しい。いつもは二人でいるのに、今日は一人らしい。我慢できずに声をかけたけど、どっちかはわからない。でも、ジョージ先輩と言うのが癖になってるらしく、今回も自然に口が動いていた。

「なまえ?」
「あの…あってました?」
「うん。よくわかったな」

やるじゃん、と頭をくしゃくしゃに撫でられる。毎日きちんと整えている髪だけど、先輩に崩されるのに嫌悪感なんて覚えるはずはなかった。勉強かと聞かれ肯定の意を示すと、なんとジョージ先輩の方から一緒に勉強していいか、と行ってきてくれた。驚きと嬉しさで、思わず大きな声ではい!というと、慌ててシーッと言われて黙る。は、恥ずかしい…。

「席は取ってあるんです。特等席です!」

ばっちりとジェスチャーすると、ジョージ先輩がくすくすと笑う。きゅんとしてにまにまと頬が緩むのは仕方がない。本をとって先輩を誘導して席に座る。フレッド先輩もジョージ先輩も、図書室へはたまに来るらしい。意外だというと、にやりとわらったのでもしかしたら悪戯関係でたまに来てるのかもしれない、と思った。

「フレッド先輩は一緒じゃないんですか?」
「まあね。フィルチに捕まってるよ」

ジョージ先輩と一緒じゃないときにフィルチに悪戯を仕掛けたらしい。ちなみにリー先輩も一緒とのことだ。二人らしい、と思わず笑ってしまった。三年生の授業はわからないけど、ジョージ先輩は勉強をしに来ているというか、悪戯の知識を増やしに来ている、って感じらしい。それでテストを乗り越えてしまうのだろうからジョージ先輩はかっこいい。フレッド先輩も同じかもしれないけど。私の特等席に座って、真剣に本を読みだした先輩をじっとみつめる。綺麗な髪だなあ。それに肌もきれい。唇もスッと通っていて、目もくりくりしていとてもきれいだ。そばかすがちらばってるけど、それすらかっこいい要素だと思えた。まつ毛も長い。日本人から見たら、こっちの人はとてもかっこいい…というか、私はそう思うのだけど。そのなかでも特に顔が整っているのではないか、と思った。贔屓目に見ているのだろうか。見飽きないなあと思っていたけど、本当に見すぎていたらしい。本を見ていたジョージ先輩の目がこっちをみて、ばっちりと目があった。

「そんなに見られたら穴が開くだろ」
「す…すみません…!」

見すぎていたらしい。慌てて視線をそらして自分が開いていた本に目を戻すが、内容は全く頭の中に入ってこない。ジョージ先輩は変に思っただろうか。少し間をあけてそーっと覗き見るようにもう一度ジョージ先輩を見る。すると、思いがけなく先輩がまだ私を見ていたので、どきんと心臓がはねた。私がずっと見ていたからそのお返しだろうか。本をたてて口元をそれで隠して、じっと見返してみるけど、恥ずかしくなって本で顔を全部隠した。
ジョージ先輩に勝てるわけがなかった…!顔を隠している本の向こうで、ジョージ先輩がまたにやにや笑っているんだろうなあって勝手に思って恥ずかしくなる。

「なまえの負けだな」

案の定、その声はからかいを帯びている。何も返すことができなくて、相変わらず本に隠れたまま。顔の火照りが治まったらちゃんと勉強しよう。そう思って自分を落ち着かせていると、ふと髪に何かが触れた。ちらりと覗き見れば、思っていた通りジョージ先輩の手だった。一房捕まれて、くるくると指に絡めてもてあそぶ。するりと流した後、くしゃりと髪を解くように指を通して握る。髪が長いのでその様子がよく見えて、ドキドキと鼓動が高鳴る。髪から手を離した先輩は視線をまた私に戻すと、久しぶりに口を開いた。

「さらさらだな。最初に見たときも思ったけど」
「あ…ありがとうございます…」

毎日念入りにお手入れしていますからとは死んでも言わない。またほめられたことが嬉しくて、にやにやしている口は本で隠しているだろうけど、きっと嬉しそうに細められた目はジョージ先輩に見られた。ほほ杖をつきながら、すこしだけわらった先輩を見てきゅんとするのはもう条件反射のようなものである。

「先輩の髪のほうが綺麗です」
「俺の家族はみんなこの色だからな。もう珍しいものでもないだろ」

ふさ、と自分の髪に触れて言った言葉は、そうだけどそうでもない。なんていうか、珍しいものというか、私にとってはいつまでたっても特別で綺麗なものである。もちろんフレッド先輩も、パーシー先輩もロンも、きれいな赤毛だと思う。

「でも、私は好きです」

ジョージ先輩に出会ってから、一番好きな色になったのは秘密だ。その色が好きだという事には自信を持っていたから、本をおろして言う。ありがとうと笑いながらお礼を言ってくれると思ったのに、思った他先輩は笑ってくれない。その代わりきょとんとした表情を浮かべて、少しだけ頬をその髪と同じ色に染めて。目をそらされたから、こっちが驚いてしまった。それを見てこっちまで恥ずかしくなってきてまたうつむく。大好き、とかそんなの今まで何回も言ってるのに。恥ずかしいやつだ、とジョージ先輩が口を開くまで、私は一言も口を開くことができなかった。
今日はもう、勉強は出来なさそうだ。



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