「今日はハロウィーンだからな。思う存分悪戯しないと」

ずんずんと歩いていくジョージ先輩は、私にハロウィーンの話をしながら楽しそうにしていた。一方私は、少しだけドキドキしながら、少しだけ足早に先輩の後をついていった。

「あの…授業は」
「気にしない気にしない!」

気にも留めない態度で明るくそう言って、ぴたりと足を止めた。ここは…広い。中庭?のようなところだった。ここに何があるというんだろう。すっかり引っ込んだ涙やさっきまでの考えは頭の中には全くなくて、杖を振って何かを言って、突然現れた箒にまたがった。

「ほら、乗って」
「え?いや、私、箒には…」
「いいから、大丈夫」

箒の前を指さしながら、ここに乗れと促す。そ、そこってジョージ先輩の前だし、先輩の杖に…っていうか、かなり密着するしそんな…!第一、私が乗ったら魔法が消えてしまったりするかもしれない。だって、魔法が使えない、普通の人間なのだから。何も言わずに渋って動かない私を見て、ジョージ先輩がもう一度私を手招いた。

「なまえ、おいで」

心地がいい、と思った。今までたくさんよばれた自分の名前。それのどれよりも心地が良くて、そして自分の名前のはずのそれを、ジョージ先輩に呼ばれた今、初めて特別だと感じた。
おかしい、こんな感覚。

「大丈夫。フレッドも俺もこう見えてクィディッチの選手だからね」

飛ぶのは大得意さ、とわざとらしく得意げに言う。クィディッチ…?って何だろう、というのは後々聞くことにして。(いろんな意味で)意を決して恐る恐る箒の、ジョージ先輩の前の部分にまたがった私を腕の中に抱えるようにして、箒を握った。私は今、ジョージ先輩の腕に挟まれている。もちろん、背中にぴったりとくっついているのはジョージ先輩である。今までにないくらい死ぬほどドキドキしていた。ふわりとジョージ先輩の香りがして、ドクドクと心臓が鳴る。た、体温…先輩の…突然のこの現状にキャパオーバーになりそうだった。

「飛ぶぞ!」

だけどそれもここまでだった。ジョージ先輩がそう言った途端、ふわりと体が浮いて、足が地面から離れた。初めて受けた、自分が今魔法を体感しているというその衝撃に、また唖然とする。呆然としている私の気持ちを知ってか知らずか、ジョージ先輩はどんどん箒を上空へと飛ばした。ひゃっほー!と楽しそうにしている先輩の声が近くから聞こえて、ハッとして我に返る。ガシッと先輩の腕を掴んだのは無意識である。遊園地のアトラクションとはわけが違う。不安定で足のつかない状況に恐怖感が襲ってくる。高い、高い高い高い怖い!パニックを起こして血の気が引いて、怖すぎて思わず目をつむった。ふよふよ動くたびにぞっと背中に寒気が走った。

「う…」
「なまえ、目を開けるんだ。よく見て!」

怖くて仕方なかったけど、触れているところから伝わってくるジョージ先輩の体温が私を安心させてくれた。目を開けてと言われ、おそるおそる目を開く。そして見えたのは、壮大な景色。赤みを帯びた太陽の映る湖と、夕日に照らされた山と、大きくきれいな空。初めて見た景色に感動で最初は声も出なかった。くちをあけて、圧倒される。

「す、すごい…!」
「気持ち良いだろ?」

楽しそうに言う先輩の声が聞こえて、コクコクと首が取れそうなくらい激しくうなずく。それを見てまた先輩が後ろでおかしそうに笑って、それにきゅんとする。
風が気持ちいい。上空にいるせいで少し強くも感じる風が、私の髪をさらさらと後ろへ流した。といっても、ジョージ先輩がすぐ後ろにいて、ほとんどの髪は私とジョージ先輩の間に挟まってるから、なびいていたのは横髪だけだけど。

「よし、みてろよなまえ」
「え?」

今まで浮いていただけだった箒が、ジョージ先輩が体の重心を動かして、箒と共に体が突然横に向かって急加速した。あっという間にホグワーツの校舎に近寄って、ぴたりと止まる。ニヤリ、ジョージ先輩が後ろで笑った気がした。

「トリックオアトリート、なんてお前に言っても無意味だな!」

校舎の壁に向かって、先輩が豪快にスプレーをかけた。え!?と思わず声に出して、目を疑った。ジョ、ジョージ先輩!これ校舎!スプレーなんてかけたら取れないし、だいたいそんなことしたら、先輩かなり怒られる…!ジョージ先輩とフレッド先輩は悪戯好きで、先生たちを困らせているとはよく聞くが。なるほど、無意味だというのは、壁がしゃべってお菓子をくれるわけがないという当たり前のことをわざわざ言ったわけだ。

「勝手にやったって、フレッドに怒られるかな」
「ふ、フレッド先輩より…先生とか、フィルチさんとかの方が大丈夫なんですか?」
「大丈夫。これは1日経ったら勝手に消えるように作ってあるから」
「え、作った?ジョージ先輩がこれを作ったんですか?」
「まあね。フレッドも一緒にだけど」

当たり前のように言うから、驚いてしまった。まあ先生たちは驚くだろうけどね、と悪戯そうにも、得意げとも見える表情で言った。二人にとっては日常茶飯事のことなのだろうか。先輩が描いた、「HappyHelloween!」の文字。魔法使いの先輩たちが作るだけあって、ただのスプレーではなかった。目の錯覚ではない、きらきらと光りながら赤、青、黄、緑と、様々に色を変えるそれを見て、すごい、と無意識に声に出していた。

「だろ?自信作だぜ!」
「すごいです!こんなの作れるなんて…私とは大違い」

続けて無意識にぼそっと呟いて、瞬時にしまった、と後悔した。こんな皮肉めいたこと、微塵も言うつもりはなかったのに。謝る必要なんかないのに、ごめんなさいと言いそうになった私を遮って、ジョージ先輩が口を開いた。

「なまえにだってできるさ」
「…できないです。羽も浮かないし、空だって飛べないどころか、箒を上げることもできないし」

私って本当に魔法使いなんでしょうか。その言葉はギリギリで自分の中に押しとどめた。愚痴めいた、マイナスな発言をしてしまってまた後悔する。こんなうじうじした姿を見せるなんて。話題を変えようとするが、何も浮かばなかった。どうしようと困っていると、少しの間だけ黙っていたジョージ先輩が口を開いた。

「それはきっと、なまえが信じていないからだ」
「え?」
「自分に魔法が使えるわけないって最初から思ってるだろ?」

ジョージ先輩が言った言葉が、自分の中にある複雑なパズルに、一つのピースとなってぴったり当てはまったように感じた。図星だった。何も言えなくて、先輩の言葉を静かに聞き続ける。

「魔法なんて使えないって思いながら杖を振っても、それこそただ棒をふってるだけだ。信じるんだ。できるよ、だってロニー坊やですらできたんだからな」

ロニー坊やはやればできるのに、ちょっとばかしドジだからな、とわざとおどけて笑う先輩に少しだけ口元を緩めた。じわじわ、心の中に先輩の言葉が広がっていく。魔法自体の存在を信じていなかった私が、魔法を使えるなんて。そんなことをいつも思っていた。ジョージ先輩の言うとおりだった。

「箒をしっかり持って」
「え?」
「そう。なまえ、できない事はない。自分がやろうとしなきゃ、いつまでたっても魔法なんて使えないぞ」

先輩、と言葉を返した途端、ふっと箒から力が抜けた気がして。心臓が握られて、ふわりと浮くような浮遊感に襲われて、私とジョージ先輩は一直線に地面に向かっていった。先輩から慌てる声は聞こえない。ただ私だけが、ぎゃー!と騒いでいるだけだった。

「なまえ、しっかり杖をもて!大丈夫、できる!」
「ジョ、ジョージせんぱ…!」
「信じろ!」

杖を持っている私の手に、先輩の手が触れた。信じろ、といった先輩の声が頭の中にこだまする。ぎゅっと握った手の上に先輩の体温を感じる。

”できない事はない。自分がやろうとしなきゃ、いつまでたっても魔法なんて使えないぞ”

できる、信じろ。先輩が言った言葉を復唱して、ふうっと息をする。もう少しで地面に突撃してしまいそうだった。一か八かだ。目をつむって、できる!そう強く念じた、その時。
ふわり、先ほどまで感じていたような浮遊感を感じた。

「やった!できた、なまえ!」
「え…?」
「俺は何もやってない。なまえが自分でやったんだ!」

地面との距離は、1mと少ししかない。ジョージ先輩の言葉を受けながら、信じられない思いで呆然としてるうちに、またふっと力が抜けた。不意打ちだったのかジョージ先輩も杖を浮かせることを忘れ、二人して地面に放り出されてしまった。

「いっ…!」
「ぶえっ」

ちなみに、ぶつかった時みたいに、変な声を出したのはもちろん私である。恥ずかしくも思いながら、私の下になってしまった先輩から慌てて退いて、すみません!と謝った。地面が芝生でよかった。私が退いたことで、むくりと起きたジョージ先輩が私の方を見る。落ちた衝撃で少しだけかぶってしまった芝生の草を鼻元につけながら、ニカッといたずらに笑った先輩に、またドクン、と心臓が鳴った。

「な、できただろ!」

嬉しそうに笑う先輩をみて、どうしようもなく嬉しくなって。ジョージ先輩につられて、思わず私も顔を崩してにっこりと笑った。



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