お家に帰ろう




世間一般的に言う、恋人というものが出来て気付けば随分と経つ。付き合い始めの頃も大して新鮮な感じがしなかったのはきっとそれ以前の付き合いが長いからなのだとは思うけれど俺もあいつも記念日だとかそういうものにあまり頓着しない達だからなのかもしれない。これだけ聞くとかなり淡白で冷たい印象を与えるかもしれないが、愛情表現とやらが苦手な俺が精一杯表現をすれば、そう。少なくとも何もない休日には隣にいて欲しいと思うくらいには入れ込んでいるのだと思う。

「でさあ、あそこの甘味屋さんが出した新メニューが行きつけのお店とどんかぶりしてて!そりゃあもう食べ比べるしかないでしょ?」
「当然のことのように言うが1日によく同じものを2回も食べられたな」
「だって別の日にしたら味忘れちゃうじゃない」

しょうもないことこの上ない話が自分と彼女の間で飛び交う。いや、街の甘味屋のメニュー事情は彼女、テンテンにとって重要な内容なのだろう。

ーと、まあこの調子で街を歩いていると任務やら何やらで俺のことを知っている人物が「あの女、よく日向ネジにしょうもない話をペラペラ話せるな」といった反応をしてこちらを見てくることが稀にある。
どっこい、俺は気兼ねなく接してくれるけれどその時々で踏み込むラインを見極めて丁度良い距離を保ってくれるこいつの、テンテンの心根が好きだと思うのだ。
そんな今日は朝からオフが重なり自然と二人で出掛けることにして。買い物に昼飯、そして茶をして店を出たところというわけだ。さてと、とテンテンが一節踏む。

「ね、これから映画でも観に行かない?時間あるでしょ?」
「…それなんだが」
「?」

これからのスケジュールの話を持ち掛けられ、言い淀むと直ぐに何かを察したテンテンが俺の顔を覗き込みながら小首を傾げ「何かあるのね」と頷いた。それを見て落ち着いた声で答えを出す。

「さっきテンテンが手洗いに行ってる時、連絡が来たんだが」
「うん」
「収集をかけられた。これから宗家に行かなければならない」
「宗家…何かの話し合いかな」
「ああ、そうらしい」
「そっかぁ…」

宗家、と聞いて今では昔のように眉間に皺を寄せて嫌悪感を丸出しにする、なんてことはなくなった。しかし足取り軽く、ともなかなかいかないものだ。これはきっとこの先何年経っても変わらないだろうと思うが、まあ兎に角楽しい話し合いではないのは分かり切っている。
全てお家事情を知っているテンテン。しかし「可哀想に」などと眉を下げて悲しそうな顔をしたりだとか、同情だとか、辛そうな表情だとかは演技でも一切しない。「そっか、そっかぁ」とあくまで普通のトーンで相槌を打ち、そして腰辺りで後手を組むと俺を追い越し数歩先を歩きながらこんなことを口にした。

「うーん、じゃあひとりでどこか美味しいお店でも探そうかな。寄りたいお店もあるからそこ寄って…」

どうやら俺と解散した後のスケジュールを構成しているらしい。

…まあ、そうだな。付き合っているとは言ったって所詮他人同士。テンテンには関係ないことなのだろう。

「…」

いや、決して同情をして欲しいだとか「可哀想に」と労って優しい言葉や慰めが欲しい訳ではない。そんなことをして欲しいわけではない。しかし、少し…妙な気分だ。こんなことを思うなんてまるで女のよう。

その反応が、他人事というケロリとした反応が少し寂しいなんて。

「うーん、どうしよっかなあ」
「…」

ー悪いな。そう口にしようとした。
しかし。俺の予想を裏切り、パッ、と目を見開いたテンテンは思わぬことを口にし始めた。

「で、何時頃に来られそう?」
「…」
「ネジ?聞いてる?」
「……は?」
「は?じゃないでしょう〜!何時頃に戻って来られそう?宗家の集まりが終わったらご飯食べに行こうよ!」

それまでに私がお店探しとく。
そう言ってテンテンは、目の前の彼女は普段からの溌剌とした笑顔とはまた違う、柔らかい表情で全て受け入れるかのように微笑んだ。
何も言えず、薄く口を開いてその表情を見つめていると、全部分かってるとでも言うように、口元をゆるりと緩め柔らかくこう言葉をくれた。

「待ってるからさ」

早く帰っておいでよ。
そう言われたようで。

自分の帰る場所。宗家からも分家からも離れて暮らすようになり独りで暮らしている借家がそうだと言えるのかもしれない。しかしそこに俺の帰りを待つ人間はいない。かといって分家にもまして宗家にも自分が心から帰りたいと思いはしなくて。…こんなことを人間に対して言うのは可笑しい話かもしれない。だが、確かに彼女の言葉を聞いたこの瞬間、思った。自分が帰りたいと思う場所。帰るべき場所はこの目の前の彼女の元なのだと。

「…おかしいな」
「え?何が?」

まだ行ってもいない癖に俺は何を思っているんだか。しかし素直に思う。

ああ、早く帰りたいな。

「行ってくる」

柄にもなく微笑んでそう言えばキョトンとしつつも「行ってらっしゃい」と俺を見送るテンテンが妙に可愛らしく見えた。

20160614


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