特別な日に




任務は正午。
時刻は午前四時半を少し回ったところ。空はまだ薄暗く空気は肌寒い。適当に薄手の上着に腕を通し家の鍵を閉めて外へ出た。特に用事もないが兎に角外に出る気分だった。こんなにも早く目が醒めるなんて。昨日を一日使い充分な休息をとったからだろうか。しかし何故か損をした気分はしない。それは今日だからだろうか。
何日も前からあいつがカウントダウンするものだから忘れるにも忘れられなかった。今日は七月三日。自分の生まれた日。何だか自分の誕生日をしっかりと把握している自分が可笑しかった。
当日の今日は任務だが前日であった昨日は休み。カウントダウンしていた本人は昨日任務で今日が休みだったようで休みがかぶらず擦れ違いになり連日姿を見ていない。それが口惜しく感じるなんてと苦笑いが零れる。人に会えなくて喪失感、自分の誕生日をしっかり覚えているなんて我ながら…
まだ目覚めていない里の街中に歩を進めていく。
ぽたり

「?」

突然上から雫が降ってきて頬を濡らした。何だ?雨か?そう思ったが、雨が降るような気候ではない。では何だ。静かに上を見上げる。

「早起きなのねお兄さん」
「…お前こそ」

大きな楠木の太い枝に足をゆらゆらとさせながらそいつは座っていた。気付けば街中も抜けた街の端。こんな朝からこんな場所で休みの筈の人間が一体何をしているのか。訪ねる前に楽しそうな声が降ってくる。

「ちょっと付き合わない?」

いいでしょ?そう言った本人は降りてくる気配はない。自分から降りてくる気などないらしい。ということはこちらから木の上に行かなくてはならないわけだ。地面を蹴り上げ、元からまるで俺が来るのを見越していたかのように開けていた隣に立ち、座る。

「はい、どーぞ」
「中身は?」
「ただの炭酸水」
「随分冷えてるな」
「そりゃあさっきまで冷やしてたからね。冷たくなきゃ困るわよ」
「なるほど」

座ると瓶に入った炭酸水を差し出された。それを素直に受け取る。温度差で生じた水滴が瓶を濡らしていて先程俺の頬を濡らした犯人が分かった。早速頂こうと瓶に口を付けると隣からストップの声。

「まだ飲んじゃ駄目よ」
「何かあるのか?」
「あると思うなら聞いちゃダメ」

もっともだな。それにテンテンらしい。
任務何時から?と聞かれ正午だと素直に答えれば、じゃあお昼は一緒に食べられると笑った。足をゆらゆらと下に垂らして揺らすテンテンと片足を立て膝に腕を乗せる自分。枝の上だということもありいつもより近い間隔で肩を並べている。だからといって別に堅苦しいわけでもない、言うなれば自然。いつもこんなに近くにいるというわけでもないのに何だかいつも近くに、一番近くにいた気がする。だから自然なのかもしれない。こいつがそう思っているかは別として。まあそんなこと考えてもなさそうだが。

「ネジはもう何時間か前に年跨いだのよね」
「そうだな。最もその跨いだ時間は寝ていたが」
「ネジらしい。私だったらワクワクして寝られないわよ」
「ワクワクはしないな…」
「まあ当日の今日が任務じゃあね」
「あぁそのせいでもあるかもな」
「ね」

休みだったらみんなでお祝いしたかったのに。と祝の席の想像をしているのだろう。クスクス楽しそうに笑うテンテンを見ているともしその祝が現実になったらどんな席になるのか容易に想像が出来た。

「賑やかな宴席になりそうだな。それ」
「賑やかなんてもんじゃないわよ」
「じゃあ何だ?」
「大騒ぎ」
「おいおい…」
「もちろん会場はネジの家よ」
「勘弁してくれ」

ぽたりと瓶から雫が手に伝い、そのまま少し遠い地面に落ちて土に丸い染みを作った。そしてなんとなくその光景を目で追っていたら隣から声が上がり、肩をポンポンと二つ叩かれ顔を上げた。

「きた」

何が、
そう問おうとテンテンを見上げた瞬間、チカリ。一筋光が目に入った。思わず目を細くし、前に視線を運ぶ。あぁ、これを待っていたのか。
表現出来ないほど綺麗な日の出。思わず言葉も忘れ視界に入りきる目一杯の明らむ空を呆然と見入る。やはり間違っていなかった。損ではなかった。とんでもない。
綺麗ね。そうぽつりと隣から聞こえ、あぁ、とだけ短く返事を返す。またぽたりと雫が手を伝った。

「ネジ」

いつもの調子で名前を呼ばれる。何故だかそれが特別に思えたのは朝日のせいなのか、今日という日のせいなのか。
「誕生日おめでとう」
す、と差し出された炭酸水。そして祝福の言葉。ありきたりな言葉であるがそこは大した問題ではない。ひとつ自然に零れた笑いを落とし、今度はこちらが返す番だ。差し出された瓶に自分の瓶を柔らかく当てた。カチンと心地の良い音がひとつ響いた。

「ありがとう」

今日一番の笑顔を見せたテンテンを見て気付く。あぁ、全てが特別に感じるのは朝日のせいでも今日という日のせいでもない。朝日を見ることになったのも、自分の誕生日を把握しているのも全て、目の前で笑うこいつのせいだ。
乾杯の役目を終えた炭酸水を一気に持ち上げて喉へ通す。今度は制止の声は聞こえなかった。また、雫が手を伝いゆらゆら揺れる足を通り過ぎ地面に落ちた。

20110703 happy birth day



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