ドライヤー
「あー…頭重い」
次の任務の資料に目を通していたとき。風呂から上がったテンテンがタオルで髪を拭きながら呟いた。そして俺が手元に落としていた視線を上げ、呟いた本人へ顔を向けると彼女は「しまった」という表情で口を塞ぐ。…遅い。
「ち、違う。ちょっと疲れただけ」
「…熱、あるのか」
「ないない!熱はない」
「…だからあれ程言っただろ」
「う…」
一昨日の話だ。任務帰り雨に降られたテンテンだったが新しい忍具を手に入れたとかなんとかでテンションを上げ、降りしきる雨の中、小一時間も外で修行しその後短時間睡眠で翌日は陽が登る前から任務に出かけ深夜に帰ってきた。いくら忍とはいえそんな無茶なことをしたら体調くらい壊してもおかしくはない。時々こいつはリーと同じようなノリで無茶をするところがあるから厄介だ。ジト、と睨んでいると言葉に詰まらせながらもなんとか弁解を始めるテンテン。
「ほ、本当に熱はないよ」
「…」
「本当だって!さっき測ったもん」
「…じゃあ早く寝る支度して休め」
「うん」
明日も任務なんだろ、と促せばパタパタと洗面所にかけていきドライヤーを片手に戻ってきた。しかし本当に怠いのかコンセントを繋ぐのも億劫そうである。…まったく。
「貸せ」
「え?」
「髪、乾かしてやる」
「ええー!?」
珍しい!と目を丸くするテンテンだったがひとつ睨むと大人しくドライヤーを差し出し俺の前に背中を向け座った。
「よろしくお願いします」
「ああ」
カチ、と電源を入れると賑やかな風音と共に熱い風が焦げ茶の髪を揺らす。そういえばこうして人の髪を乾かすのは初めてだ。手元を動かしながらチラリとテンテンに目をやると気持ち良さそうに目を細め緩み切った表情。まるで喉元を撫でられている猫の様で、そこまで気を許されていると思うと不思議と悪い気はしなかった。
「もうこのまま寝られるかも」
「…駄目だからな」
「分かってるわよー…ふあ」
「本当に寝るなよ…?」
「うん」
湿っていた髪が段々サラサラと流れるようになってきた。自分の髪とは質も色も違う髪。これを毎朝器用に二つに結い上げているのだから少し感心する。自分は簡単にひとつにまとめているだけだから余計だ。
そんなことを考えつつ最後の仕上げとばかりに念入りにドライヤーを当てているとカクン、カクン。テンテンの頭が揺れている。
「…テンテン、あと少しだから我慢しろ」
「子供みたいな言い方ー…」
「だってお前寝そうだろ」
「ネジ、乾かすの上手だね。誰かにやってあげたことあるの?」
「いや、ないが…」
「うっそだー…こうやって女の子たぶらかしたりしてるんでしょー…」
「…お前な。だいぶ意識朦朧としてるだろ」
「妬けるなあー…」
もう良いだろう、とドライヤーを止める。コンセントを引き抜くとテンテンは覚束ない足元でベッドへ移動し、そのまま倒れ込む。まったく、と畳まれた掛け布団を掛けてやりドライヤーを洗面所へ戻しに行こうとすると、クイ、と服の裾を掴まれた。
「ネジも寝ようよ」
「これを片付けて資料に目通し終わったら寝る」
「駄目ー…今寝ようよ」
「…却下」
「ケチー…」
完全に語尾が伸び切っている。そんなやり取りをしている内に本格的に微睡んできたらしい。ウトウトと瞼を上下させるその姿を見ていたら、まったく仕方が無いという気になってしまい結局横になりはしないもののベッドに腰掛け乾かしたばかりの髪に指を通す。
「ネジも…眠いの?」
「?いや」
「でも何か顔が緩んでるよ…」
「…」
まさかそんなことを言われるとは思わず言葉に詰まる。普段はしっかりしているテンテンが自分の前ではこうして心を許して無防備なことがやたらと気分が良いというのは確かでそんな彼女を前に自分もすっかり無防備だったらしい。敵わない。と苦笑いをひとつ溢し、そのまま、もう完全に瞼を落としているテンテンの額に口を軽く落とした。もう眠っていて聞こえてないだろう。
「あまり無理するな」
とにかく今日はゆっくり休むと良い。そしてドライヤーをしまい静かに机に置かれた資料の元へ戻った。
翌日、「私が寝るときキスしたでしょ」と、どうやら夢と現実の狭間でギリギリ彷徨っていたらしいテンテンが、覚えてるんだからとニヤニヤしながら問い詰めてきたのは誤算だった後日談で、とりあえず自意識過剰だと否定しておいたが信じていないらしく、素直じゃないなどと満足そうに笑われた。滅多なことはするものではないかもしれない。今日の教訓だ。
20130916