彼女の眼中にあるもの




任務帰り。二、三度一緒に任務をしたことがある先輩上忍から昼食に誘われ空腹だったし断る理由もないので言われるがまま勧められる茶屋に入った。ここのかけ蕎麦が美味いんだと熱弁してくる相手の言葉に相槌を打ちながらも店員にニシン蕎麦を注文し非難を受けていると、ふと後ろの席に座っている二人組の会話が耳に届いた。

「この前の任務やたら長引いてダルかったんだよ」
「確かCランクだったよな」
「たかがCランクで5日間だぜ」

中忍だろうか。やたら大きな声でそんな愚痴をこぼしているものだから聞きたくなくても聞こえてくる。怠い怠いと不服ばかりの会話に、任務帰りでやっとありつけた人の食事時間の邪魔するなと内心呆れ半分の溜め息をつくと向かい合って座っていた先輩上忍も呆れ顔でうるせえなと顔を顰めた。全くだ。もう少し声の大きさを控えてくれれば良いものを。そう思っていると俺達のテーブルにニシン蕎麦と、それにうどんが運ばれてきた。「…あなたこそ、あれだけかけ蕎麦を勧めてきておいてうどんですか」ドンと置かれたうどんの器を見ながら茶々というか当然の疑問を漏らすとケラケラと笑いで返される。そしてひとつふたつ会話を交わしつつパチンと備え付けの割り箸を割って蕎麦に手を付けようとしたときだ。またしても後ろの喧しい二人組の声が届いた。

「つうか、その任務で一緒になったくノ一、あの子、俺に気があると思うんだよね」

それはどんな自信なんだと、聞いているこちらが恥ずかしくなってくるようなその発言に思わず箸が止まり目の前の上忍もごほっと噎せた後、ブッと笑って噴き出した。しかしそんな俺達のことは眼中にも入っていないようでその“気のあるくノ一”について揚々と語る二人組。もう、しょうもなさすぎて気にする価値もない、と目を閉じながら蕎麦を口元に運んだのだ。が、しかしそこで予想もしない名前が、聞き慣れた名前が挙がったものだからまた俺の手は止まることになる。

「へえ、何て名前の子なんだよ?」
「ほらお団子頭の、テンテンって子」

ごほっ…今度は自分がむせる番だった。突如挙がってきた自分と馴染みの深い者の名前に思わず動揺していると目の前の先輩上忍も「確かお前のとこの…」と気付いたらしい。
…何を根拠にあいつがこの騒がしい相手に好意を抱いたというのか。俄かには信じ難い。彼の話しはこう続いた。

「それが、ちょっとしたことで任務中に足痛めたんだけどさ、その時からやたら構いたがるんだよな。事あるごとに世話焼いてきて」
「へえ」

“たかがCランク”と言っていた割りに負傷したのか。それにその世話を焼かれたことであいつが自分に好意を寄せていると思ったのならそれは大きな勘違いだろう。あれは世話焼きというか心配性というか、とにかく元来そういう性分なのだ。俺も、そして多分リーも嫌という程分かっている。勘違いだろうと言いつけてやりたい衝動に駆られるもあくまで冷静に。しかし眉間に皺は寄っているらしくうどんを啜る先輩上忍に「お前、顔怖い」と言われた。

「他にも俺が最近他の里から仕入れた忍具をエサにめちゃくちゃ話しかけてきて」
「へえ?」
「その忍具どこで手に入れただとかなんとか、やたら俺の目見ながら話しかけてくるんだよなあ。普通くノ一だからって年頃の女が忍具についてあんなに目輝かせながら食いついてくるか?」
「まさか本当にお前じゃなくて忍具に興味があっただけだったりしてな」

はははと愉快に笑う二人組。そのまさかだ馬鹿。残念ながらテンテンは普通の女ではない。…これを言ったら殴られるだろうがしかし彼女は相当な忍具マニアと言っても過言ではない。花よりも鉄臭い鋼鉄に目をさんさんと輝かせる。美しいかんざしよりも鈍器の光沢にうっとりさせる。そういう女なのだ。それに5日間も行動を共にして彼女を忍具の使い手だと読み切れない時点で全く話にならない。一体何を見ていたんだか。その程度の洞察力で自分に好意を向けられていると思えるのだから恐れ入る。
そこまで考えて胸糞悪くなったので止めた。馬鹿らしい。さっさと蕎麦を食べてしまおう。結局まだ一口も食べられていない。

「お前のとこのチームメイト、あんな感じで言われてるけど、そうなわけ?」
「…ない」

普段ならば知らないだとかそういう回答をするところだが今回ばかりは今まで行動を共にしてきたチームメイトとして断言させてもらおう。あんなの相手にあいつが興味を示すわけがない。やたら構ってきたのは完全に世話焼き性が発動したから。目を輝かせながら忍具をネタに話し掛けてきたのはネタではなく本気でその忍具に興味があったから。それだけだ。以上である。まったく…と、すっかり伸びかけてしまった蕎麦を箸でひとすくい…したがしかし今度は予想外な声に再びその蕎麦を汁の中に戻すことになる。俺はいつになったらこの目の前の食事にありつけるのか。

「あー!ネジだ。珍しい」

ばっ、と店の暖簾から顔を覗かせてきたのは今話のちょうど中心にいた人物だった。忍具マニアのお団子くノ一。思わぬタイミングの登場にぎょっとしてその姿を見やると後ろの彼らもテンテンに気付いたらしい。「あ」と声を上げた。しかし当のテンテンはそんな彼らには気付きもしないらしく店の中に入って真っ直ぐ俺達の元へと足を進めた。

「あれ、もしかして任務帰り?」
「…ああ」
「やあテンテン。今回ネジと一緒だったんだ。俺のこと覚えてる?」
「勿論ですよ。ネジ足引っ張りませんでした?」
「お前な」
「うーん、どちらかというと俺が引っ張ってたかな」
「えー、あはは」

先輩上忍と挨拶を交わしつつ笑いを飛ばすテンテン。その姿はいつもの任務へ出向く服ではなくもっとラフな普段着で額当てもない。…確かに見た目だけなら忍具マニアだなんて想像は難しいかもしれない。なんてことを考えながらその姿を目に写しているとふと視線に気付いたテンテンに「何?」と小首を傾げられた。いや、何でもないと否定しようとすると目の前の先輩上忍がニヤリと嫌な笑を浮かべ、ねえねえとテンテンを呼んだ。

「何ですか?」
「君って今、気になってる男とかいるの?」
「ええ?」

突然の話題にぎょっとする。そしてチラリと後ろの二人組に視線をやるとその食事をする手は完全に止まっていた。それもそうだろう。テンテンがこの場に入ってきた時点で聞き耳を立てていただろうしこの先輩上忍があえて聞こえるような声でわざと質問するのだから。
気になる話題に耳を寄せる二人組。するとテンテンは「うーん」と視線を斜め上辺りに向けながら考える素振りをして、その後ぱっと俺と目を合わせた。三秒程度、目が合った後、パっと笑いを浮かべ「内緒かなあ」と上機嫌に言いのける。

「じゃあどんな奴が好みなの?」
「少なくとと私より弱いのは却下かなあ」

まずは私の武器攻撃を軽々避けられるくらいじゃないと。冗談めかしてそう笑うテンテンに「なるほどねえ」と笑う上忍。避けられたら避けられたで闘志燃やす癖に、と内心指摘していると先輩上忍がガタンと椅子を引いた。

「俺この後また任務入っててさ。ネジお前、悪いんだけどテンテンと火影様のところに報告書出してきてくれないか」
「はあ」

悪いなと、いつの間にか平らげていたうどんの器の横に代金を置き出て行った先輩上忍。それに手を振りながら「私も何か食べたいとこだけどご飯食べたばっかりだし。ネジ早くそれ食べちゃいなよ」とその空いた席へ自然に目の前に座るテンテン。

「ていうか何それ。蕎麦伸びきってるじゃないネジ」
「…誰のせいだ」
「え?誰のせい?」

私じゃないでしょ今来たんだから!と俺の飲んでいた水をさも当然のように飲み干すテンテン。その間もひしひしと後ろの辺りから視線を感じるがテンテンは何ら気付かない様子。ひとしきり、休暇だった本日のことについて嬉々と語るその話を聞きつつ早々に蕎麦を平らげる。店員に頼んで注がせた水を「はいどうぞ」と差し出してくるのでそれを飲み干すとどちらともなく立ち上がった。そして勘定を払うため店の奥に足を進めたときだ。

「や、やあ」

漸く後ろで意気揚々と話していた彼らが通り過ぎ様、テンテンに声を掛けた。先程の大声とは打って変わりおずおずとした声。それでも自分に向けられた目線で自分への呼び掛けだと気付いたテンテンが「ん?」と彼らに視線をやった。はじめてテンテンの目に彼らが映る。

「この前は任務お疲れ。おかげで足の怪我良くなったよ」
「…ああー、あの時はありがとうございました。足、治って良かったです」

じゃあまた、と笑顔を残し、会計を済ました俺の後から小走りで店を出るテンテン。そして店を出て数メートル来たところで「ねえネジ」と俺の名前を呼んだ。

「何だ?」
「さっきの人達、誰かな」
「…」

ガクリ。思わず体の力が抜けるところだった。…ありがとうだとか怪我治って良かっただとか笑顔で言っていたくせに腹の中では誰なのか分かっていなかったのか。「…知らないが任務で一緒だったんじゃないのか」と聞き返せば数秒置いて「ああー、この前のCランク任務のときの」とさして興味がないように薄ぼんやりと思い出した思い出したと言ってのけるものだから若干彼らに同情せざるを得ない。

「ああー、いたいた。思い出した。男のくせにやたら愚痴愚痴言ってたのいたなあ」
「…お前が好意を抱いてると聞いたが」
「へ?誰が誰に?」
「お前が先程の中忍に」
「ちょ、やめてよ!あんなの好きになるくらいならネジのほうが断然良いよ」

…何だその言い分は、とどういう反応をすれば良いか答え悩んでいると嫌そうな顔から一転、ニヤリと楽しそうな笑顔を浮かべて俺を覗き込まれる。

「あれえ、ネジ君ってばもしかして照れてる?」

ニヤニヤと両手を後ろに組んで横を歩くテンテン。多分こいつはあの中忍程度では扱えないというか持て余してしまうことだろう。かと言って自分がこの目の前の人間を制御出来るかと言われれば然程自信はない。

「しかし、他の手に渡るのは癪だな」
「え?何て?」
「報告書、早く出しに行くぞ」
「ええー?なになに、気になる」

はいはいと適当にいなして歩くとケチだのなんだの野次を飛ばしてくる。そんな口を黙らせようと今後の予定を告げる。

「…報告書出したらその足でリーの家だ」
「え?何でリーの家?」
「今日、誕生日だろ」
「…!」

「まさかネジが人の誕生日覚えてた上にお祝いしたいと言う日がくるなんて…」だの言いたい放題言ってのけるテンテンだったがその表情はいつもより緩んでいて、こいつも大概素直に嬉しいと言えばいいものを。と思ったが俺が言えたことではないし痛い目に合うのは御免なので黙っておくことにする。

「ねえ、お団子買って行こうよ」
「買って行かなくてもあの二人が山程用意してるだろ」
「言っとくけど薬草団子は嫌だからねー!」

そうと決まればさっさと報告書出しに行こ!と俺の手を引くテンテン。…まあたまには振り回されるのも悪くない。照れ隠しなのか弾んだ足取りで俺の数歩前を歩く背中に、ゆっくりといつもそうするようにその名前を呼ぶとピタリと足を止める。そして今日、俺は最も言うべきであろう言葉を口にすることが出来たのだ。

「誕生日おめでとう」

振り返ったテンテンが照れたようにはにかんだ。


20140309



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