30 days


 傷付けただろうなあ。
 必要な仕事を片付けて早退を決めたが、罪悪感が集中を妨げる。彼の見開かれた瞳が強く焼き付いている。傷付いた顔をしていた。
 わかっている。自分が悪い。だって心配してくれていたのに、わたしは自分の都合を主張しただけだ。風邪をひいたとき、家族以外に心配してくれる相手がいるなんて有り難いことじゃないか。言い聞かせるまでもなくわかっている。

「音宮さん、あとはこっちでやるからもう帰りな」
「すみません。ありがとうございます」

 進まない仕事を見かねてか、同僚が声をかけてくれた。この借りはいつか返すことにして、かばんを肩にかける。ひとまず病院に行って家に帰って、ゆっくり眠ろう。彼とのことは元気になってから考えよう。
 エレベーターに乗り込む。ため息が心なしか熱い気がする。額に手のひらを当ててみるが、手の温度も高いため熱さはわからなかった。
 病院でも風邪でしょうとの診断を得て家に帰り着く。鍵を開けようとしたが、かかっていないようで訝しむ。

「おかえり」

 音に反応してかドアを開けたのは彼だった。

「帰ってなかったの」
「うん。あのまま持ち越しは嫌やったから。でも疲れてるよな、ごめん、ベッドはつくっといた」

 最初は堅かった表情が、話しているうちにほぐれていく。

「ありがとう、それと、ごめんね」
「いや、僕のほうこそごめん。ほんまに。それよりはよ入って。悪化する」

 口にしてしまえばこれだけのこと。朝、これだけ言ってしまえばよかった。たぶん、だから彼は待っていてくれたのだ。たった一言を伝えるためだけに。ああ、もう。

「だいすき」

 思わず抱き着くと、熱い! と驚いたような声がする。けれどその後、ふわりと抱きしめてくれた。僕も、の返事付きで。




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