30 days
結婚して最も良かったのは、彼女と共有する感情が増えたことだ。
「錦さんって、足意外と小さいんですね!」
「沙紀さん、呼び方がまた戻ってますよ」
洗濯物を一緒に畳みながら、私の持ち物へ感想を伝えてくれる。もう姓が同じになったというのに、彼女はなかなか呼び方に慣れないらしい。
「なんだか恥ずかしいんですよね……」
「おや。それなら別にそのままでも構いませんよ」
「でも私も錦だし! それになんだか新婚さんっぽいですし!」
タオルを握って熱弁をふるう彼女。どうやら彼女の中には明確な憧れがあるらしい。
「利一さん、利一さん、利一さん……」
「はは、なんだか変な気持ちです」
「なんか、結婚したんだなーって思いますよね」
うれしそうな彼女を見るのが楽しい。
彼女はそれから、いろいろな話をしてくれる。最近安くなってきた野菜のこと、街路樹が色づき始めたこと、今日見かけた珍しい鳥のこと、出会った人のこと。
彼女の世界に少しずつ触れられるこの時間が。私はとても好きだ。
「今日の晩ご飯、私が作りましょうか」
「ほんとですか! うれしい!」
さんまの塩焼きとかぼちゃの煮物。彼女が買ってきた食材から予定メニューがわかり、ほっこりとした気持ちになる。私が一度作ったものだ。おいしいと思ってくれたのだろうか。
「あのね錦さん、私ね、」
「はい」
畳み終わった洗濯物をしまいながら、彼女が話しかけてくる。横顔が穏やかな笑みに染まっていた。
「すごく、幸せです」
「私もです」
即答すれば、花が咲いたように笑う。彼女とのやさしい日常を、ずっと独占していたい。