「お前も文芸部に入ったんだし、本は読むんでしょう?」
そう言って取られた本は、同級生の手にたやすく馴染んだ。ちらりと見えた背表紙には、くすんだ真白にくっきりと青のタイトル。
「読まない、こともねーけど」
実際は殆ど読まない。本とか読むと眠くなるんだよね俺。
この読書家に誘われて古書店に来てみたものの、やはり楽しそうなのは相手だけで、手持ち無沙汰だ。
「お前は暖かい文章を書くじゃない?」
「いきなり何よー」
開いたハードカバーの文字をなぞりながら軽く首を傾げて、悪戯っぽく、けれど真っ直ぐに、いつも通り真剣なのか冗談なのか曖昧な視線をくれた。
部誌に出している文章は、そりゃあ真面目には書いているけれど、そんな風に言われるのは初めてで。不意打ちだったし困るけど、いやまあ、うん、嬉しい。
「愛は地球を救う」
「え?」
「っていうスローガンがあってね」
「ああ」
それなら、聞いたことがある。随分と大きく出てんなあ、恥ずかしい台詞な気もするけど。そんなことを考えた、ような、気がする。あれ何年前だ、うわー年取ったわ。
「お前は、そういうことを信じないタイプだろう?」
視線はもう、本に奪われてしまっている。だいぶと慣れているらしく、開き癖がついたそのページから動く気配がない。
「そんなこと考えたことねーよ」
「うん、普通はそうか」
ごめん、いきなり。
笑うその顔は見慣れてしまった。同性の俺から見ても、整った方だと思うこの同級生は、笑顔がうまい。
「俺はね、お前がいたら世界なんていらないよ」
未だ本に注がれている視線を取り戻すことは出来ない。声音はいつも通り柔らかく、あくまで何気ない風で。
「……ちー」
「うん?」
「それ、は、」
ごめん、いきなり。
困ったように目尻を下げる同級生を、どうしたらいいのか分からない。一緒にいて楽しいし、知識豊かなこいつを尊敬している。ただ、こういうことを言われるたび、望まれているであろう反応は返せない。
そんな顔で笑われるのが嫌で、人差し指を伸ばす。
「……その本、買えば?」
鋭い相手だ、苦し紛れの俺に気付かないわけがない。けれど彼は、表情を柔らかくしてくれた。
「うーん、毎回思うんだけどね」
「誰かに買われるかもしれねーぞ」
「うん、」
それならそれでいいかなって。
意外なほどあっさりと手放された白い本は、またたくさんの言葉の中に埋もれた。
「帰ろうか。付き合わせてごめんね」
誰かがいたら世界なんていらない。
そこまで人を強く思うこと、思われること。古くなった本の匂いに包まれて、少しだけ低い身長を見下ろしていた。
月露と地維。
Special Thanks:
『塩の街』 / 有川浩
手帖様に提出しました。