照屋さんと私
今期の新人王は、奈良坂か歌川か照屋だろうとの噂は私の耳に入ってきていた。でも……私には関係ないね。

もうすぐ新しい隊員が入隊して来るのに………いつまで経っても、私は。



「はあ…」

ミーティングの後、「ジュース買ってきます」と作戦室を1人で出ると、周りに人がいなくなったのを見計らって大きくため息を吐いた。次の対戦相手を思うと憂鬱だ。初めての相手じゃないのになぁ。

「とりあえずジュース買ってこよ…」

作戦室を出て来るときちょっと怪しまれてた。他人を羨んで、落ち込んでる場合じゃないのに……私は私に出来ることをすればいいって分かってる。……分かってるの。
荒船先輩が狙撃手になって部隊の戦い方が変わった今、先輩達の悩みを増やしたくなくて誰にも言えない。……半崎くんにはもっと言えない。
作戦室から離れた場所にある自販機の前に立ち、光るボタンを見つめる。買ったら戻らないといけないよね…。

「押さないの?」

小銭を入れた後、ボタンを押さずに自販機の前に突っ立っている私を不振に思ったのか…後ろから声が掛けられた。ああ、どうしよう……タイミング悪いよ。ここで彼女に会うのは一方的に気不味かった。

「五月さん?」
「…照屋さんもジュース買いに来たの?」

ガコンと音を立てて落ちてきたココアを取り出して振り返ると、橙色の隊服を着た照屋さんは笑って頷いた。何度かランク戦で当たったことがあるけど、直接話すのは久しぶりだ。

「次、当たるね」
「……そうだね」
「今度は負けないから」

前回の柿崎隊を交えての三つ巴では、最終的に荒船隊が勝ったからそう言ったのだろう。でも……そのとき彼女に落とされた私には複雑だ。攻撃手のときも、狙撃手になってからも……私は一度も照屋さんに勝てたことがない。

「やっぱり……私なんか…」

無意識に呟いた言葉にハッと顔を上げる。そんなふうに考えちゃだめだ。
聞こえなかったのか首を傾げた照屋さんに誤魔化すように笑い掛けると、彼女も自販機へ小銭を入れた。

「そういえば…五月さんが狙撃手になったときは驚いたな」
「え」
「C級のとき攻撃手だったでしょう?」

覚えているの。そう声に出し掛けて、ぐっと唇を噛む。初めて対戦したとき、手も足も出なかったことを思い出す。同性の彼女に負けることは、誰に負けるより悔しかった。

「そう…だね…」
「あれ…顔色悪いね…体調悪い?」
「へ!?」
「医務室行く?」
「だ、大丈夫!」
「でも…」

「五月」

私の腕に触れた照屋さんにびくりと肩を揺らすと、今度は久しぶりに聞く声が私を呼んだ。

「体調悪いの?」
「だから…大丈夫…」
「やっぱり医務室行った方がいいよ!着いていくから!」
「ぼくが連れてくよ」

私と照屋さんの間に入った友人は、そう言ってさっさと私の腕を引いて歩き出した。後ろから「お大事に!」と声を掛けてくれた照屋さんに掴まれていない手で小さく手を振る。彼女は、心配してくれただけだ。

腕を掴む背中に大丈夫だよと声を掛けると、不機嫌そうな表情をした友人は振り返った。

「久しぶりに見たと思ったら……馬鹿なの?」
「菊地原くんは厳しいなぁ…」

でも、ほっとしたよ。

(20161202)

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