荒船先輩と私 E
「…変な感じ」

イーグレットを手にほかり先輩と話している荒船先輩を見てそう言うと、隣で的を撃っていた半崎くんは訝しげに眉を顰めた。

「何が…」
「荒船先輩が狙撃訓練してる」
「…狙撃手になったからな」

何をあたりまえのことを言っているんだとでも言いたそうな半崎くんに苦笑して、荒船先輩から目を逸らす。………慣れないなぁ。
「頼りにしてる」って言ってもらえて、すごく嬉しかった。…嬉しかったのに。

「はあ…」
「…少し休んでくれば」
「うん…ごめん…」

私なんかの手が届かない人でいてほしかったなんて言ったら…先輩は怒るかな。



訓練場を出て私が向かったのは、個人ランク戦のロビーだ。誰かに話を聞いてほしくて…でもチームメイトには話せない。だから…。

「鋼さん」

ここに来る前送ったメールの返事を確認してからソファーに座る鋼さんに声を掛ける。

「最近よく個人戦しに来てますね」
「負けないでって言われたからな」
「忘れて下さい」

先日のやり取りを思い出して両手で顔を覆う。生意気なこと言ったなと恥ずかしくてしばらく会いたくないと思っていたのに………一番最初に思い浮かんだのは、鋼さんだった。

「あの!負けないでって言ったのは、個人戦の話で!チーム戦はうちが勝ちますからね!」
「ははっ、分かった分かった」
「………今少し話しできますか」
「ああ、そのつもりで待ってた」

手招きする鋼さんに近寄り、ソファーに座る前にロビーにいるC級隊員をぐるりと見渡す。この人達もいつか対戦することになるんだろうな…。話し始めるのを黙って待っている鋼さんの隣に座って深呼吸すると、少し気持ちが落ち着いた。

「相談と言うか……自分でもよく分からないから話聞いてほしくて…」
「ああ」

一呼吸置いた後に話し始めた言葉は、きっと矛盾だらけで要領の得ないものだったけれど、鋼さんは頷きながら静かに聞いてくれた。頼られたいのに頼られたくないなんて可笑しな感情…本人には言えない。

「五月はどうしたいんだ?」
「え?」
「荒船が攻撃手をやめたから…追いかけるのをやめるのか?」
「………やめません」
「なら、荒船が目指すものがはっきり分かってむしろよかったんじゃないか?」
「あ…」
「攻撃手だった荒船がいなくなるわけじゃない」

私は勘違いをしていたのだろうか。同じポジションになった荒船先輩を見て、近付けた気になっていたのか…。近付くどころか…先輩はどんどん先に行っている。完璧万能手を目指しているのだと聞いたあの日、いつになったら追いつけるのかとあんなに不安だったのに。

「ばかだ……私」

ぽつりと呟いた後、自身の両頬を叩いて立ち上がると鋼さんは驚いたように目を丸くして私を見上げた。

「話を聞いてくれてありがとうございました」
「もう大丈夫なのか?」
「はい!決めました!」

ぐっと拳を握り締めながら言うと、やわらかい笑みを浮かべた鋼さんと目があって気恥ずかしさから目を逸らした。落ち込んでいたのが嘘みたいに気分は晴れやかだ。


「お前、どこまで休憩行ってたんだ」
「うっ…すみません」

訓練場に戻った私を出迎えた荒船先輩は目を釣り上げて「電話も出ねえし」とぼやいた。あああ…着信いっぱい来てた…すみません。今日はみんなで昼食を食べる約束をしているのだ。

「五月が戻って来ねえから穂刈と半崎は先にラウンジに行かせたからな」
「すみません!」
「……体調が悪いわけじゃないんだな?」
「はい!大丈夫です元気です」
「じゃあ、俺らもラウンジ行くか」
「はい!」

歩き出した先輩の後ろ姿に…やっぱり前にいてほしいなと再確認する。

「先輩!先輩!」
「あ?」
「私、決めたことがあるんです」

そう言って訓練場を出たところで隊服の裾を掴んで引き止めるが、すぐに言葉が出てこなくて視線を彷徨わせる私を荒船先輩は怪訝そうに見た。

「決めたこと?」
「私…」

服を掴む手に無意識に力が入る。

「いつか私に弧月を教えて下さい」

狙撃手として、自信が持てるようになったその時に。
荒船先輩が見ているものと同じものを……私も見たい。

続けた言葉に目を見開いた荒船先輩は、少し嬉しそうに笑った後私の頭をくしゃりと撫でて、「楽しみにしてる」と背中を向けた。

(言っちゃった…)

一度攻撃手を挫折した私が先輩と同じ目標を目指すなんて烏滸がましいのかもしれない…。久しぶりに撫でられた頭に触れて、じっとその背中を見詰める。

でも、追いかけるって決めたの。


(20160802)
season1 END

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