菊地原くんと私 A
「あっ」

自販機の前に立っている同期の姿を見付けて思わず声を上げると、小銭を持った手がピタリと止まった。あっ…ちょっと待って、お金入れないで!

「菊地原くんっ」

名前を呼びながら駆け寄ると、不機嫌そうな顔が私に向けられた。傷付くから嫌そうな顔しないで……。
手を掴んで自販機に百円玉が投入されるのを防ぐと、菊地原くんは訝しげに眉をしかめた。

「ジュース奢ります」
「はぁ?なんでさ」
「ま、前に奢ってもらった」
「……いつの話してるの」

うぅ……今更って思われてるよ。だって菊地原くんあんまり会わないし…風間隊の人と一緒だと話し掛けづらい。もちろん連絡先だって知らないのだ。しょうがないじゃない。

「奢ったことなんて忘れた」
「そうだよね………でも私は覚えてるから奢らせて」
「いらない」
「えっ」

私の手を振り払ってココアを選んだ菊地原くんに肩を落とす。また奢れなかったよ……。

「はい」
「ぐっ……!?」

固い物が頬にぶつかった感覚に思わず声を漏らすと、ついさっき菊地原くんが買ったココアが目の前につき出された。

「えっ………あの…」
「間違えたから飲んでよ」
「あっ…じゃあ、菊地原くんの分は私が…」
「早く」
「はい!今…出すから」

五百円玉を入れると、菊地原くんは缶ジュースを選んで壁へと寄り掛かった。

「それ、冷める前に飲みなよ」
「あ、うん……」

そう言った菊地原くんの横に並んで、同じように壁に背中を預けてからプルタブに指をかけるが、固くてうまく開かない。う……指痛い。

「はぁ、貸して」
「すみません」

手のひらに温かさの余韻を感じながら、簡単に開けた指をじっと見詰める。やっと奢れたのはいいけど…………なんか違う。モヤモヤしながら預かっていたジュースを返して、手元のココアの甘い香りを吸い込むと少し気分が落ち着いた。菊地原くんは何だかんだ言ってちゃんと話してくれるから……嫌いじゃない。不機嫌そうな顔をしても多分嫌われてはいないだろう。C級のときに「向いてない」って言われたから苦手だったけど、「やめろ」と言われたことはないし。
ジュースを飲む横顔を盗み見ていると、視線に気付いた菊地原くんは「何?」と眉をしかめる。

「……なんでもない」
「そ」
「うん……」
「……………五月は提携の普通校に行くの?」
「うん…………菊地原くんは?」
「進学校」
「そっか」
「うん」
「…………一緒じゃなくて、ちょっと寂しいな」

同じ学校だったら、今より仲良くなれるかもしれないのに。
そう言ったら、菊地原くんは目を丸くした後、いつもの表情で「バカじゃないの」と口を尖らせた。

(20160421)

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