荒船先輩とカゲ先輩
「え……負けた」

個人ランク戦のロビーで画面に映った荒船先輩の姿に思わずそう呟いた。
ミーティングの後に友人と個人ランク戦をするという先輩に着いて来てみたが、先輩が負けるの初めて見た。荒船先輩にだって勝てない相手がいるのは当然なんだろうけど………なんというか、初めて目にした倒れ伏す先輩の姿は、この時の私にとってとても衝撃的だった。
悔しそうにブースから出てきた先輩に頭突きをすると「飛び掛かってくんな」と叱られたが、そのまま黙ってしがみつく。声が、出せない。

「は?五月泣いてんのか?」
「……う」
「なんで泣くんだ」
「だっ…て………せんぱい……負けたぁぁ」

偶々、私が見てたときはいつも勝ち越してただけかもしれない。先輩の対戦相手の中で私が知っているのは鋼さんだけだ。
「カゲの奴には勝ち越せたことねぇんだよな」と呟いた荒船先輩は、しがみつく私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

「なんなんですか。言い訳ですか」
「ああ?」
「…ぐすっ」
「……………はぁ、悪かったな」

撫でる手を止めた先輩の言葉に目を見開いて体を離すと、ばつの悪そうな表情が目に入った。なんで、そんな……申し訳なさそうな顔をするの。

「先輩?」
「勝てなくて悪かったな」

違うよ先輩。謝ってほしい訳じゃない。がっかりした訳じゃない。だって……。

「おい、カゲ!どこ行くんだよ」
「おめーらといたら目立つだろうが!」

隣のブースから出てきた人は、荒船先輩が声を掛けると、機嫌が悪そうに顔を歪めた。
先輩と対戦してた人………先輩より…強い人。
荒船先輩の陰からじっと見ると「見んな」と顔を逸らされた。

「この後カゲと飯食いに行くけど……五月も行くか?」
「え!?いえ、いいです!半崎くんと食べるんで!」

約束しているわけじゃないけど、咄嗟にそう答えて目尻に残った涙を拭う。初対面の人もいるのに……甘えちゃダメだ。作戦室には、まだ誰かいるだろうか。

「……おめー、五月だったか」
「は……はい!」
「言いたいことあんなら言えよ……さっきから痒い」
「え?」

鋭い目に睨まれて、びくりと体を肩を竦める。びっくり……した。話し掛けられると思わなくて、すぐに言葉が出てこない。

「絡むなよカゲ」

そう言って間に入った荒船先輩の背中を見ながら、ぐっと唇をかむ。言いたいことなら………ある。

「カゲ……先輩!」

震える体を抑え込んで遮られた視界から顔を出すと、眉をしかめたカゲ先輩と目が合った。

「次は!荒船先輩が勝ちますからね!」

叫ぶようにそう言うと、ぎょっとしたように荒船先輩が振り向いたが知ったことか。
先輩より強い人がたくさんいることなんて、ちゃんと分かってる。

それでも

私にとっての一番は、あの日から荒船先輩なんだ。

(20160406)

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