荒船隊 A
熱を帯びた頭でピピッと鳴った体温計を確認する。薬のお陰で、朝よりはだいぶ楽になった。明日は学校へ行けそうだ。額に貼っていた冷えピタを剥がすと、とっくにぬるくなっていた。熱のせいか、何時間も寝たせいなのか、体は重い。
ぼんやりと静かな住宅街を窓から眺めていると、突然空から黒い稲妻が落ちて来た。家から少し離れた場所に見たこともない真っ黒な空間が見える。そこから出てきた白い大きな怪物を見て、何も分からないまま重い体を引きずって家を飛び出した。

早く、逃げなきゃ。それだけはすぐに分かった。

*****


目を開けると、天井の蛍光灯の光が滲んで見えた。瞼を擦った手は、濡れている。あれ…泣いたのか。
デスクに伏せていた体を起こすと、肩から何かが滑り落ちた。そのまま床に落ちたジャージを拾い上げて部屋を見渡していると、後ろでダンベルを持ち上げていたほかり先輩が「荒船のだ」とジャージをさして言った。私の向かいで突っ伏している半崎くんに視線を向けると、ほかり先輩は「オレが来たときはもうこの状態だった」と微動だにしない彼の肩を揺らし始めた。

「なんか……すみません」
「気にするな。まだ防衛任務まで時間あるからな。……おい、半崎も起きろ」
「うーん……あと5分」
「起きろ。荒船が戻ってくる前に」
「……………うす」

のろのろと起き上がった半崎くんは、「五月も起きたんだ」とぼんやりとした目で大きく欠伸をした。

「ええと、荒船先輩と倫ちゃんは?」
「加賀美は奥。荒船はお前らのために眠気覚ましのコーヒー買いに行ってる」
「「すみません」」

声がそろった半崎くんと複雑そうに顔を合わせる。

「なんで半崎くんも寝てたの」
「五月が寝ててヒマだった」
「起こしてよ!」
「だるい」

とん、とデスクの下で足を蹴れば、仕返しとばかりに蹴り返される。ほかり先輩に見えないようにふざけあっていると、「楽しそうだな」と頭上から声が掛けられた。

「あー先輩!ジャージありがとうございました」
「おう。入ったらお前ら同じ格好で寝ててビビったぜ」

いつの間にか戻って来ていた荒船先輩は、私と半崎くんの目の前に缶コーヒーを置いてにやりと笑った。

「すみません眠かったので!」
「コーヒー飲んで目覚ませ」
「ありがとうございます!ブラック飲めないんで砂糖入れてもいいですか!」
「なんで持ってきてるんだ」

鞄から取り出したスティックシュガーを缶の口から入れる。なんで持っているかというと、こういうときのためである。滅多にない。

「テンション高いな……寝惚けてんのか?」
「寝惚けてないです」
「五月うるさいんだけど」
「コーヒー苦いです」
「入れただろ。砂糖」

訝しそうな目を向けてくる荒船先輩に誤魔化すようにへらりと笑う。夢の余韻か缶コーヒーを持つ手が震える。これから防衛任務なのに…しっかりしなきゃ。

「五月」
「はい?………いたっ、え?痛い」

額に走った衝撃に目を丸くして目の前の手を見詰める。え?なんでデコピンされたの?

「無理して笑ってんじゃねぇよ。腹立つ」
「ええ…ひどいです」
「どーせまた4年前の夢でも見たんすよ」
「えすぱーか」
「泣きながら寝てたぞ」

半崎くんとほかり先輩の言葉に顔を引きつらせて、手の甲で涙が残る目元をごしごしと擦る。うわああ、しまった。以前同じような悪夢を見たときは、その日の防衛任務の最中に近界民を見てぼろぼろと泣いてしまったのだ。その後、恐い顔で問い詰められ、私が時々大規模侵攻の悪夢を見ていることは荒船隊の知るところとなった。

「そういうときは言えって言っただろうが」
「でもご迷惑を…」
「言わないほうが迷惑だ」
「うっ」

実際悪夢を見た後は、何かしら失敗することが多いため言い返せない。

「もうー荒船くんも言い方!晶泣いてるじゃない」
「これぐらいで泣いてんじゃねぇよ」

奥の部屋から出てきた倫ちゃんが呆れたように荒船先輩に話し掛けるのを見ながら、中身の残った缶コーヒーに口をつける。やっぱり苦いなぁ。

作戦室を出る間際、私を呼び止めた倫ちゃんは「みんな心配してるのよ」とこっそり教えてくれた。大丈夫、ちゃんと分かっているよ。

もうとっくに、手の震えは止まっていた。

(20151217)
※荒船先輩が買ってきたのは冷たいコーヒーです。

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