荒船先輩と私 C
私は、強くなれただろうか。

久しぶりに会った姉の姿を見たら、ふとそう思った。
「本当にボーダーは辞めないのね」家を出ていく直前、確かめるように最後にそう言った姉とは、その後私が直接連絡をとることはなかった。母とはよく電話をしていたようだが……姉が今どんな生活をしているのか私は知らない。大好きな姉のことなのに、知ろうともしなかった。


目尻に浮かんだ涙を手で拭っていると、荒船先輩はベンチに座る私の隣にドカリと腰を下ろした。
あ、怒ってるな。黒い帽子を外して露になった表情は、少し不機嫌そうだ。

「また下らねぇことで悩んでんのか?」
「…まだ何も言ってないですけど」

またって何ですか。またって。

「家に帰らないでどうするつもりだったんだ」
「本部に泊まろうかと…」
「おい、家出娘」
「家出じゃないです。防衛任務ってことになってます」
「余計悪い」

ごしごしと袖で目元を擦る先輩にされるがまま頭を揺らす。いたい。めちゃくちゃ怒ってる。

「家族に嘘つくんじゃねえよ」
「う……ごめんなさい」
「話聞いてやるから、家には帰れよ」

すぐに帰れと言われると思っていたから、話を聞く体勢になった先輩に目を丸くする。
「相手してやるって言っただろ」そう言って首を傾げた先輩に口元をきゅっと結んだ。話すだけなら電話でもよかったのに………ここまで来てくれたことに、また泣きそうになった。

「せんぱいいぃぃ」

横からしがみつくと、あやすように背中を叩かれる。やだ、先輩が優しい。
しばらくしてからしがみつく手を弛めると、先輩はゆっくりと私の体を離した。「姉貴とケンカでもしたか?」そう訊ねた先輩に無言で首を横に振る。昨日会ったときに姉が帰ってきていることは話していた。……姉がボーダーに反対していることも。旦那さんと一緒に帰ってきた姉とは、まだまともに会話していない。
私は……姉がいなければ何も出来なかった昔の自分が嫌いだ。姉と話したら昔の自分に戻りそうで、怖い。まだ「私は大丈夫だよ」なんて自信を持って言えないんだ。
姉のこと、私のこと………ぽつりぽつりと話し出した私の話を先輩は黙って聞いていた。「だから強くなりたいんです」そう最後に締め括ると、先輩はギシリと音を立てて背もたれに寄りかかった。

「お前って………普段そうでもないのに変なところで悩むよな」
「変!?」

私の悩みを「変」で片付けられた!?

「本気で悩んでるんですけど?」
「ああ、それは分かってる。でもお前、姉貴の反対押しきってボーダー入ったんだろ?」
「………はい」
「なら、もうお前の言う "昔の自分" じゃねぇだろ」
「え?」
「あー……だからな…何回反対されても辞めなかったんだから、今さら姉貴と話したぐらいでお前がボーダーを辞めるとは思わねぇ」
「……私、強くなれたんですかね」
「知るか」
「えええ」
「はぁ…すぐ落ち込むしすぐ泣くし、生意気で面倒臭いけど……まあ、最初に会ったころより強くなってんじゃねぇの」
「本当にそう思ってます?適当に言ってません?」
「そういうとこが面倒臭い」
「えっ」
「大体、実の姉に気を使いすぎなんだよ。とりあえず、こんなとこでグダグダ悩んでないで、当たって砕けてこい」
「砕けたくないです」
「じゃあ、いつになったら姉貴と向き合うつもりだ」

眉を潜めてそう言った先輩にぐっと唇を噛み締める。
先輩の言う通りだ。私はいつまで、姉と向き合うことから逃げるつもりなのだろうか。このまま、姉が帰ってしまってもいいの?

「お前は弱くなんかねぇよ。正隊員になったこと、胸張って報告してこい」

立ち上がった先輩が私の手を強く引っ張って、笑った。


(時々、足を止めて後ろを振り向く私を……前に向かせてくれる人)

20160317

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