荒船先輩と私 B
吹き付けた冷たい風に体を震わせて、首に巻くマフラーを口元まで上げる。

「さっむいなぁ」

思わず口から出た言葉を聞く者はいない。「一緒に行こう」と誘った半崎くんには、1日中ゲームをするからと断られてしまった。非番となった大晦日だが、遠くへ越した姉が帰ってきた家にいるのは気まずかった。防衛任務があると嘘をついて逃げ出すように家を出たけど、誰か本部にいるだろうか。佐鳥くんや時枝くんに連絡しようと思って、やめた。大晦日だし……二人共家族と過ごしているだろう。
悩んだ末、端末に登録された電話帳を開いて一番上に表示される名前をじっと見詰める。誰かと話して気を紛らわしたかった。少し電話するだけだったら………呼び出し音が数コール鳴った後、『もしもし』という声が聞こえた。衝動的に電話を掛けたが何を話そうか考えてなかったな、と薄暗くなってきた空に少し足を速める。

「あらふね、せんぱい」
『どうした?』
「えーと………元気ですか?」
『昨日会っただろ』
「そうでした」
『………何か用か?』
「あー……………少し話したかっただけ、なので」
『暇か』
「ひまです。相手して下さい」

呆れたようにため息を吐いた荒船先輩に口を緩めて返事を待っていると、先輩は『しょうがねぇな』と言葉を続けた。先輩ならそう言うと思ってた。笑い声を抑えていると、不機嫌そうな声が掛けられたので慌てて謝った。

「先輩、今日なにしてました?」
『作戦室でDVD観て今から帰るとこだよ…ちょっと待ってろ』
「え!?」

ガサゴソと音を立てる通話先に思わず足を止める。もしかして、先輩…。

『わりぃ、歩きながら話す』
「あの!ちょっと待って下さい!」

耳に入って来た足音を大声を出して止める。

「あの!あの!」
『なんだよ落ち着け』
「先輩、今本部にいるんですか!」
『だから帰るとこだって言ってんだろ』
「いやあの私…今向かってるとこなんですよ」
『はぁ?何時だと思ってんだ』
「まだ4時です」
『もう暗くなるから帰れよ』
「帰りたくないんです!」

怒鳴るように叫んで、ハッと口を押さえる。心配してくれてるだけなのに……なに先輩に八つ当たりしてるんだろ。気を紛らわしたかっただけなら…最初から黙って本部に行って、1人で狙撃練習でもしてればよかったんだ。

「………ごめんなさい。なんでもないです」

声を落としてそう言うと、荒船先輩は少し黙った後『今どこにいるんだ?』と口を開いた。素直に近くに見える公園の名前を出すと、よく家に送ってくれる先輩はすぐに場所が分かったようで『分かった』と頷いた。

『公園で待っとけ』

その一言を最後に通話はプツリと切られた。
どうしよう……これは、ここまで来てくれるって期待していいのだろうか。
ゆっくりと端にあるベンチに腰掛けて、遊具で遊ぶ子供たちを眺める。寒いのに元気だな。
昔、よく姉さんと一緒に公園で遊んだことを思い出す。今は警戒区域になってるからあの公園で遊ぶ子供はいないんだ。
かん高い声ではしゃぐ子供たちが出ていって、1人になった公園で「ふぅ」と息をつく。ベンチ冷たいな。先輩……来てくれるよね。電話で話すだけでいいと思ったけど、やっぱり会いたいな。
家に帰りたくない理由を知ったら、先輩は笑い飛ばすだろうか。それとも叱るのだろうか。

しばらくしてから、走って公園へ入って来た先輩の姿を見たら………じわり、涙が滲んだ。

(20160310)

prev next
[back/bkm]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -