鋼さんと私
「あ」

少し前を歩く人物に気付いて、思わず声が漏れた。
荒船先輩の弟子…だよね。一度先輩に紹介されたが、それ以来会うことはなかった。………気付かれてないよね。なんとなく面と向かって話すのは気まずいとその背中から視線をずらすが、「五月?」と声を掛けられて、そろりと視線を戻した。立ち止まって私を見る目と目が合う。

「こ、こんにちは」
「こんにちは」

無視するわけにもいかなくて、足を止めて挨拶をする。ええっと…これもう少し話した方がいいのかな。

「……五月も本部に行くのか?」

掛けられた言葉に一瞬声を詰まらせて、慌てて「そうです」と答える。さらりと彼の口から出た自身の苗字に覚えていたのかと目を丸くした。
私の返答に頷いて歩き始めた背中を見ていると、彼は立ち止まったままの私を振り返り「行かないのか?」と首を傾げた。
え、一緒に行くんですか?そう言いたいのを抑えて、私を待つコウさんを追い掛ける。………この人、苗字なんだったっけ。

「荒船隊は、これから防衛任務だって聞いた」
「え!?…あ、はいそうです」
「……五月は中学生?」
「…はい」
「オレは高2」
「そうなんですね。(荒船先輩と同い年か…)」

少しの沈黙の後、話題を探すようにぽつりぽつりと話始めたコウさんにギクシャクしながら返答する。うう……気まずい。
何人かの学生に追い抜かれて、隣を歩くコウさんが足の遅い私に歩調を合わせてくれているのに気付いた。みんなと歩く時、私はいつも一番後ろだ。男の人と並んで歩くことはほとんどないから少し照れ臭くなった。

「あ、の!」
「なんだ?」
「あ、いや、ええっと……私に気を使わないで先に行っていいですよ!」
「……迷惑だったか?」

しゅんと肩を落としたコウさんに反射的に「そんなことないです」と首を横に振る。そういう言い方されると断り辛いよ。

「荒船が五月見掛けたら構ってやれって」
「え!?先輩なんてことを!!すみませんコウさん気にしないで下さい!」
「あ……名前覚えててくれたのか」
「?……あっ!?すみません苗字忘れてしまって」
「そのままでいい」
「え、いや、でも!」
「いいから」
「……苗字なんですか?」
「本部に着いたらな」
「教えてくれる気あります?」

先に行くつもりはないと遠回しに言っているのか。年上の男の人を名前呼びするのはあまり気が進まないんだけどな。名前呼ばないようにしとこ。

「五月は面白いな」
「どこがですか」

「はっはっは」と笑うコウさんをじとりと見上げると、「ほら表情がコロコロ変わる」と言われて、両手で顔を覆い隠した。わああ、恥ずかしい。

ほんと、もう、私なんかに構わなくていいです。思わずそう口に出すと、悲しそうに眉が下げられた。

そういう顔されると、困る。

(20151228)

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