荒船先輩と鋼さん
「五月」

背中から掛けられた声が耳に入り、ぼんやりと個人ランク戦を観戦していた私の意識ははっきりとした。この声は…!口角が上がっていくのを感じながら後ろを振り返るが、「ここにいるのは珍しいな」と言いながら近付いて来た荒船先輩の隣の人物が目に入り、笑みを浮かべた顔をぴたりと止める。この人…最近荒船先輩が弧月教えてる人だ。よく一緒にいるところを遠目から何度か見た。

「半崎と一緒に狙撃練習してたんじゃなかったのか?」
「半崎くんはお昼寝中です。私はちょっと気分転換に」
「…そういやお前、最初は攻撃手だったな」
「え?…あ、はい。そうですね」
「体動かしたくなったなら相手してやるぞ」
「遠慮しときます」

私ボコボコにされますよね?というか、荒船先輩が私が攻撃手やってたこと知っていたことに驚いた。倫ちゃんに聞いたのかな。それより先輩、後ろの人困ってますよ!
私と荒船先輩を見比べている視線と目があって、思わず下を向く。やばい、私感じ悪い人だ。けれど、一度下を向くとなかなか顔を上げる勇気が出ない。もんもんと考えていると、がしりと大きな手が私の頭を掴んだ。

「鋼、コイツは五月。うちの狙撃手だ」

荒船先輩の手によって、強制的に顔を上げさせられる。私を見詰める感情の読めない目にびくりと肩が揺れた。あ、どうしよう…。困ったように下げられた眉に気付いて、恐がってしまったことに後悔した。

「村上鋼です」
「……五月晶です」

お互い微妙な雰囲気で挨拶すると、眉をひそめた荒船先輩が力強く背中を叩いた。

「いっ!?……えっなんで私叩かれたんですか」
「気にするなよ鋼、コイツ誰にでもこうだから」
「あの先輩…」
「慣れてくると生意気な口を利くようになる」

後ろに隠れようとした私の襟を掴んで、荒船先輩はそう言った。先輩、私の扱い雑すぎる。前はもっと優しかった……と思ったけど、結構最初からこんなだった。

「先輩達はランク戦しに来たんですか?」
「まあな。五月はまだここにいるか?」
「うーんと、半崎くんからまだ連絡来ないのでもう少しいようと思います」

それに荒船先輩が個人ランク戦するなら観たい。チーム戦や防衛任務のときはゆっくり見れないからなぁ。

「これから鋼がランク戦するから、どうせなら見ていけよ」
「……先輩は対戦しないんですか?」
「鋼が終わったらな」

コウ……村上さんがブースへ向かったのを見送って、ソファーに座った荒船先輩の隣に腰を下ろす。
コ…村上さんは荒船先輩と同い年らしい。
苦もなく対戦相手に勝利した村上先輩の姿が画面に映る。弧月を振るう手が羨ましい。

「……いいなぁ」

無意識に小さく呟いた言葉を隣に座る荒船先輩に聞かれていたなんて、このときの私は…目の前の試合に夢中で気付くことが出来なかった。

(20151224)

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