荒船隊
「お前が五月か?」

ラウンジでぼーっと通り過ぎる人達を眺めていると、黒い影が私の視界を遮った。顔を上げて目に入った見知らぬ人は、まっすぐに私を見ている。

(え……だれ…)

何で話し掛けられたのか分からず困惑していると、黙っている私に対し帽子の下から鋭い眼光が向けられた。

「こわい」
「あ?」
「ごめんなさい!」

不機嫌な声音に反射的に頭を下げると、ゴツンとテーブルに額がぶつかった。そのままテーブルの上で頭を押さえて目を強く瞑る。従姉が来るのを待っていただけなのに、不良(仮)に絡まれるなんて…!

「おい、顔を上げろ。お前が五月晶であっているか?」
「……はい」
「よし。じゃあ、行くぞ」
「は?…あ、すみません」

ちょっと黙っておこうと口を押さえると、帽子の先輩(…先輩だよね)は「まさか聞いてないのか」と呟いた。聞いてないって何をだ。帽子の影で目元が暗くて怖いんですけど。倫ちゃん早く来て。

「加賀美なら向こうで待ってるぞ」
「へ」
「だから着いて来い」

歩き出した先輩の進行方向に目を向けると、ラウンジの隅で手を振る従姉が目に映った。背中を向けてたから気付かなかったのか。っていうか倫ちゃんが迎えに来ればいいのに。倫ちゃんの彼氏?でも倫ちゃんがいるテーブルにもう二人知らない人いるなあ。従姉の知り合いと分かって、一気に安心した。
目の前を歩く先輩の背中をじっと見ながら、従姉に呼び出された理由を考える。うむ、分からないな。

「晶ー」
「倫ちゃん!」

両手を広げて出迎えた従姉の胸に飛び込む。安心するよう。いや、それより………。

「なんで倫ちゃんが迎えに来てくれなかったの。……この人怖い」

背中を叩く倫ちゃんに小さな声で訴えると、「おい、加賀美」と帽子の先輩は低い声で倫ちゃんを呼んだ。

「荒船くん、晶のこと恐がらせないでよ」
「何もしてねぇよ」
「ひっ」

思わず悲鳴を上げると先輩の眉間の皺が深まった。

「ほら晶、ちゃんとあいさつして」
「え……こんにちは?」

倫ちゃんに三人の方向に体を向かされて、しぶしぶあいさつをする。というか、いい加減なんの集まりなのか教えてほしいよ。

「加賀美……コイツ何も知らないんじゃないのか?」
「何も言ってないもの。勧誘は荒船くんの仕事でしょ」
「それはそうだが……迎えに行ったときすげぇ怪しまれたぞ。加賀美が迎えに行けばよかっただろ」
「それじゃ面白くないじゃない」
「おい」

私を挟んで言い合う二人に居心地が悪くなり視線をさ迷わせていると、倫ちゃんの向かいに座る男の子とぱちりと目が合った。もう一人の人は先輩っぽいけど……こっちの子は中学生?無言で手を振る彼に反射的に手を振り返すと、いつの間にか会話をやめていた倫ちゃんと帽子の先輩の視線が私をとらえていることに気付いた。

「晶、半崎くんと知り合いだったの?」
「?………今日初めて会ったよ」
「いやいや訓練場で何回か話したことあるから」
「そうだっけ?」
「可哀想に。覚えられてないな」
「そんな哀れむような目で見ないでほしいっす」
「……まあ、とりあえず自己紹介しとくか」

そう言ってため息を吐いた帽子の先輩が「荒船哲次だ」と名乗ると、順々に名前とポジションを名乗っていく。なんで倫ちゃんまで名乗るんだ。
各自の自己紹介を聞いていくうちに混乱していた思考が落ち着いてくる。倫ちゃんが「勧誘」だって言ってた。…………まさか、私をチームに誘ってくれるの?

「五月、お前を俺の隊に入れたい」

ひくり、と喉が鳴った。四対の目が私をじっと見つめる。

「私…なんて…」

膝の上で握り締めた手にぎゅっと力をこめる。自信が、ない。
狙撃手に転向して、少しは前向きになれたと思ったけど……やっぱり私、弱いなぁ。

「あの…」
「"弱いから"は断る理由にならないからな」
「え?」
「加賀美から聞いた。何人かの誘いをそう言って断ったんだろ?」
「……はい」

だって、弱いままじゃチームに迷惑かけるもの。

「じゃあ、今は弱くていい」
「は」
「これから、このチームで強くなれ」

荒船先輩のまっすぐな視線に息を飲む。この人…なんで引かないの?本当に私でいいの?
差し出された手を恐る恐る掴むと、緊迫した空気が緩んだ。

強くなりたい――――この人の近くで。


(20151215)

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