菊地原くんと私
「向いてないんじゃないの」

ボーダーに入隊したばかりの頃、よく対戦相手にそう言われた。

********

「あっ」

前から歩いて来る人物に思わず声を上げると、私に気付いた同期が不機嫌そうに眉をしかめた。

「何?」
「あっ、いや……久しぶりだね菊地原くん」
「そうだね。まだボーダーにいたんだ」

「やめたと思ってた」と言って、自販機の前に立った菊地原くんにひくりと頬がひきつる。相変わらずはっきり言うな。

「狙撃手になったの」
「攻撃手よりはいいんじゃない」
「うん、私もそう思う。狙撃楽しいし」
「……ふーん」

興味がなさそうな声音に苦笑いが漏れる。初めて菊地原くんと対戦した際、「弱い」「向いてない」と散々言われたので、少し彼が苦手だった。ピッとボタンを押した音を合図に「じゃあね」と通り過ぎようとした私は、「待って」と引き止める声に恐る恐る振り返った。

「これあげる」

その言葉と同時に額に感じた衝撃に「イタッ」と反射的に声を出すと、目の前の彼はばつが悪そうに顔を逸らした。手に持っている缶ジュースは、底がこちらに向いていた。え?缶ジュースぶつけたの?

「ちょっと、さっさと取りなよ」
「え?」

缶ジュースを向けてくる菊地原くんをぽかんと口を開けて見つめると、「ほら」と私の手の上にその缶ジュースは置かれた。滑り落ちそうになった缶を慌てて掴む。

「私にくれるの?」
「そう言ってるでしょ」
「えぇ…(言ってないよ)」
「何その変な顔」

ぶうぶうと言いながら菊地原くんは私の頬を左右に引っ張って伸ばす。いたい。変な顔って言った。

「ぼくが話し掛けるといつも変な顔するよね」
「また言った」

手が離された頬を押さえて、眉を下げて菊地原くんを見上げると、「ほら、その顔」と彼は口を尖らせた。

「B級になったんだからその顔やめてよね」
「うーん…。あれ?B級に上がれたって言ったっけ?」
「隊服変わったんだから見れば分かるし」
「あ、そうだった」

先日、C級用の白い隊服から正隊員の隊服へと変わったばかりだったため、すっかり忘れていた。

「しっかりしてよね」
「うん。ごめんね」
「じゃあ、ぼくはこれから防衛任務だから」

そう言って背中を向けた菊地原くんに「気を付けてね」と声を掛けると、彼は小さく手を振り返した。姿が見えなくなったところで、はっと手の中にある缶ジュースに目を向ける。

「ジュースのお礼……言うの忘れた」

そう言えば菊地原くん……自分の分買ってなかったけどよかったのかな。

20151215

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