鋼さんと私D
記者会見で近界への遠征についてマスコミに向けて発表されたことで、世間はその話題で持ちきりとなった。
「遠征かぁ…」
中庭のベンチで冬の空を見上げながら、一人ぽつりと呟く。B級の私は、遠征に行ったことは当然ないが、ボーダー隊員ということで遠征について聞いてくるクラスメイトもいた。街はまだ復興の途中だけれど、離れた地域では少しずつ日常に戻っていた。
「またここにいるのか」
苦笑しながら近づいて来た鋼さんに「今日は食べ終わってから来ました」と答えながら顔を戻す。昼休み中のため校舎は少しざわついているが、中庭にいると音は遠く聴こえて居心地がいい。
「寒くないのか?」
「寒いです」
「じゃあ…」
「でも、もう少しだけ…」
冷たい空気は頭をすっきりさせてくれる。悩みなんて、全部消してくれそうだ。
「鋼さんは戻って下さいね」と言うと、頷いて校舎に戻ったことに……少しがっかりしてしまった。戻ってと言ったのは私なのに、なんて自分勝手だ。
「晶」
寂しい心で、私も教室に戻ろうかと考えていると、さっきまで聞いていた声が俯いた私の名前を呼んだ。
「………鋼さん?」
「戻るのか?」
なんで、戻ってきたんだろう。両手に缶を持っているのに気付いて、はっと眉を下げた鋼さんを見上げる。
「買ってきてくれたんですか?」
「寒いと思って…教室で飲むか?」
「いえ………今飲みます」
受け取った缶を包み込むように持つと、じんわりと手のひらに熱が伝わってくる。さっそく飲もうとプルタブに指を掛けるが、かじかんだ指では上手く開けられない。私なんで缶開けるの下手なんだ!恥ずかしさを隠して「やっぱり後で飲みます」と誤魔化すと、隣から伸びた腕が膝の上に置いた缶を拐っていってしまった。
「開けてやるのに」
「…だって子供みたいじゃないですか」
「子供だろう」
くすくすと笑って軽々と缶を開けた鋼さんにむっとした顔を向ける。二つしか違わないじゃないですか!
「ほら、ココアやるから…好きだろ?」
「う…」
甘い匂いに釣られて受け取ったココアを口に含むと、体が温かくなってきた。そういえば鋼さん……私がココア好きなの知ってたんだ。
「……あんまり落ち込むなよ」
落ち着いた声でそう言った鋼さんに視線を向けると、さっきまでの私のように鋼さんも空を見上げていた。………それが言いたかったのかな。みんなに心配掛けてるなぁ。
「………鋼さんは新型足止めしてたって聞いたんですけど、大丈夫でしたか?」
「太刀川さんが来てくれたからな」
一度閉じた目を開いた鋼さんは、隣の私へと視線を移して「もうすぐランク戦だな」と柔らかく笑った。
「そうですね…」
「当たったら負けないからな」
「こっちのセリフです」
「ああ」
荒船隊も鈴鳴第一も現在中位……いつ当たってもおかしくない。私は、大規模侵攻での悔しさを糧にできるだろうか。
「強くなろう」
鋼さんの言葉がすっと耳に入ってくると、何故だか涙が滲んできた。
(20170701)
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