鋼さんと私C
「ああ、やっぱり晶だった」
中庭にあるベンチに座って、膝の上のお弁当箱をぼうっと見ていると、久しぶりに聞く声が耳に届いた。
「食べないのか?」
「……食欲なくて」
食べ掛けの弁当箱を覗いてそう言った鋼さんは、私の答えに眉を下げた。ああ…しまったな。
「あ、いえ……そう、朝ごはんをいっぱい食べてきたので!お腹空いてなくて!」
「顔色悪い…」
「えっ!?そうですか?」
「朝…食べたのか?」
「あの…えっと」
「晶」
「うっ」
責めるような目にたじろいで「…食べてないです」と白状すると、「体が持たないぞ」と咎められる。うう…鋼さんに叱られた。恥ずかしい。
「もし今、近界民が来たらどうするんだ」
「戦うときはトリオン体なので…関係ないです」
「晶」
「怒らないで下さい…」
「怒っているんじゃない」
「でも…」
いつもの優しい目が鳴りを潜めている。いつもと違うと……不安になる。
「心配してるんだ」
そう言って鋼さんは、見慣れた困ったような表情を浮かべた。
「すみません鋼さん…でも、本当に食欲なくて…」
「大丈夫か?」
「緊張…してるんですかね…」
半分以上残っているお弁当の中身にため息を吐いて、そっと蓋を閉める。昨日聞いた大規模侵攻のことを思うと気が重い。こんなんじゃ…そのときちゃんと動けるか分からないのに。
「……それより鋼さんはなんでここに?」
教室でほかり先輩達と食べてるって前に聞いたことあるけど…。体をずらして隣にスペースを空けると、鋼さんは「ありがとう」と言って座った。………お昼食べ終わったのかな。
「晶が一人でこんなところにいるのが見えたからな」
「……一人でいたい気分だったんです」
「そうか」
「…はい」
「じゃあ…来ない方がよかったか」
「そんなことない、です」
鋼さんに声を掛けられたとき、少しだけ気が楽になったんだ。あのまま一人でいたら…思考がどん底まで落ちていったかもしれない。
「………オレは四年前ときはいなかったから…晶が見た惨状を知らない」
「はい…」
「でも、ボーダーに来て…頼ってもらえるくらいには強くなれたと思う」
荒船先輩を追い越した鋼さんは今は攻撃手ランク4位だ。鋼さんが強いのは知っている。
「だから、晶も頼ってほしい」
照れたように頬を掻いた鋼さんは、「同じ場にいたら」と続けた。
鋼さんと一緒に戦う姿を、周りに仲間がいる姿を想像したら…隠れていた勇気が顔を覗かせた。
「頼もしいです」
自然と頬が緩んだのを感じながら隣に顔を向けると、鋼さんの表情も釣られたように緩んだ。
(20170608)
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