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"Calm"の4文字をディープブルーに塗った所で、それが乾くまでの時間、タブレットと向き合う。 さっきからその繰り返し。 画面に表示されるのは徐々に形が出来始めた"Bar Calm"のホームページ。 ディープブルーを基調としてマンダリンオレンジを補色で持ってくる。 Bar=夜、暗い、というイメージを払拭するため、そして名刺とシンクロさせるイメージで背景色はホワイトで明るめに。 だけど、店の顔であるバーマンさんの持つ穏やかで静かなイメージは壊さないように、載せる情報は必要最低限だけに留める事に決めた。 お店の雰囲気とか、カクテルとか、こうこうこうですよ、なんてわざわざ文字では書かないで、最低限の写真だけ。 それを見た人が自然と魅かれて足を運ぶような、そんなホームページにしたい。 でもそうすると、バーマンさんが載せたいって言ってた私の思い付きのイラストメモが雰囲気を一気に幼稚なものにさせちゃうんだよなぁ…。 「うーん…」 ひとまずお店へのアクセスまで編集した所でタブレットを両手に持ったままベッドへ倒れた。 まだ一枚の写真も挿入してないページにどんなものが良いかと色々イメージを膨らませる。 やっぱりあの圧巻のお酒とグラスが並んだ棚…バックバーって言うんだっけ確か。あれは写真に収めて此処に載せたい。 だって芸術品を飾るように全く歪みなく並べられてるんだもん。 多分、バーマンさんが毎日大事に大事に整理整頓してるんだなって。 そう思うとバーマンさんだけじゃなくて、それも大事な"お店の顔"なのかも、なんて思う。 そうだ。今度行った時はそう言って写真を何枚か撮らせて貰おう。 あとは、カクテル。 いくつか種類を撮らせて貰いたいけど、一気に何杯も呑めないし、これは段々と増やしていくしかない。 次は何のカクテルを頼もうかな。 そう考えた所でこの間のフローズン・マルガリータの味と、バーマンさんとの会話を思い出す。 デザートみたいで呑みやすいけれど、ほんの少しお酒の味がして首を傾げた私が言いたげな事をすぐに気が付いたみたいで 「風味程度にテキーラを入れてある」 一言答えてくれた。 その後すぐ片付けを始めたから、それ以上の事は聞けなかったけど、その少しの量でほんのり酔えたお陰で、余計な事考えなくて済んだし楽しかった事も思い出す。 でも、今思うと、マルガリータって元々テキーラが入ってるって意味の名前じゃなかったかな? 気になってしまうとそれが頭から離れないもので、うつ伏せへ姿勢を変えると見下ろす形になったタブレットをつつく。 "マルガリータ"で検索を掛けて1番目に出てきた項目でその記憶が間違ってなかったのを確信した。 …何でバーマンさん、わざわざアルコールありきのカクテルをノンアルコールに変えてまで出してくれたんだろう? …何か意味があるのかも知れない。 一瞬何て打とうか考えてから"フローズン・マルガリータ"と入れる。 美味しそうなカクテルが次々と出てくる中で、詳しい事が載っていそうなページへ飛んだ。 バーマンさんが作ってくれたカクテルも最初から全部写真に撮って記録しておけば良かったなぁと、後悔しながら画面をスクロールしていく。 "フローズン・マルガリータのカクテル言葉はこちら" 一番最後にそう書かれ貼られているリンクに目を留めた。 「カクテル言葉?」 独り言を呟きながらそれをタップする。 パッとすぐに変わった画面にはカクテルの写真とカクテル言葉なるものが映し出されて、息をするのも忘れてしまった。 "元気を出して" 思い浮かべたバーマンさんの姿に心臓が高鳴っていく。 画面を見つめたままひとしきりドキドキしてから、漸く考えられるまで冷静になった自分の頬を押さえた。 これって、どういう意味…? 確かに私が少し落ち込み気味だって多分きっとバーマンさんにはバレてたと思う。 ううん、バーマンさんじゃなくてもバレバレだとは思うんだけど、とにかく…。 じゃあ、だからフローズン・マルガリータを作ってくれた? ノンアルだって誤魔化して? でもそんなの、私だってカクテルの事勉強してるんだから、すぐに嘘だってわかる。 それこそバーマンさんなら考えなくても気付く筈じゃない? じゃあ、何で? もしかして、わざと?これを私に伝えるために? 「俺は元々喋るのが嫌いだ」 いつだかの台詞が頭の中で木霊して頬が弛む。 やっぱり、バーマンさんなりの優しさなのかも。 そういう事にしとこう。 元気を出して、かぁ。 「…えへへ」 我慢し切れなくて漏れた笑い声。 ニヤけ顔もそのままに枕へ顔を埋めた。 Welcome to Bar Calm 「ぎゃああああっ!!」 布団の中で叫んでから飛び起きる。 抱えたままだったタブレットを勢いに任せて放り投げていた。 ヤバイヤバイヤバイ寝過ごした!遅刻!遅刻する! 勢い良く扉を開けて階段をドタドタと降りていく。 リビングでは優雅に朝ごはんにありついてる母と制服姿の妹の姿があった。 「まーたやってる」 「最近落ち着いたと思ったんだけどねぇ。油断するとすぐコレなんだから」 「昨日もお姉ちゃん夜中まで何かやってたでしょ?私の部屋まで臭ってきたもん」 「そう、まーた何か作り始めたのよ。全くいつまで経っても落ち着きやしない」 呆れられてるのにちょっとムカつくけど今は相手にしていられない。 とにかく走らなきゃ。次のバスを逃したら確実に電車にも間に合わなくなる。 「アンタ何してんの?ご飯たべなさいよ」 冷静に言う母親に自分が悪いのはわかってるんだけど急いでる苛立ちから思いっきり睨んでしまった。 「何言ってんの!?食べてる暇なんてないよ!」 「そんな事言うとまたお母さんの逆鱗に触れ「イテテテテッ!」…ちゃったかぁ」 「1から100まで言わないとわかんないのかしら?送ってってあげるからとっとと顔洗って歯ぁ磨いてご飯食べなさいって言ってんの」 「ふぁい…ふいまへぇん…」 涙目になりながら答えた所で漸く放されたほっぺたを摩る。 「ほんっとお姉ちゃんには甘いよねー」 「アンタは?途中までで良ければ送ってくけど?」 「うーん、大丈夫。友達と一緒に行く約束してるから。ごちそうさまでしたーいってきまーす」 トタトタと走っていく背中に 「いってらっしゃ〜い」 と軽く手を振った所で 「アンタもあの子くらいしっかりしてくれたら私も安心するんだけどねぇ」 しみじみ言う母の言葉は聞こえないふりを貫いた。 * * * 「会社の前に直接着けちゃって良いでしょ?」 「うーん」 生返事を返して助手席からの景色をただ眺める。 会社まであともう少し、という所でチラッと時間を確認した。 私がいつも通りに家を出る時間よりも早い到着に、何だか気が抜けてしまう。 「良いなぁ、私も免許取りたい。そしたら毎日車で行けるのに」 いつもそう思うんだけど 「教習所代から維持費まで全部払えるなら良いけど?」 この言葉で毎回黙り込むしかなくなる。 一時、本気で考えた事もあって、教習所から車から保険とかまで全部計算してみたけど、どんなに頑張っても私の今の給料じゃ絶対無理だと知った。 そもそも教習所に通う時間も限られてるしすぐに取れる訳じゃないし。 それにそっか。今はCalmでカクテルを呑んで帰るから尚更車じゃダメか。 思い出したと同時、視線の先に見えてきたのはCalmが入ったビル。 その手前、コインパーキングに停められた1台の車から降りてくる人物を目に入れた瞬間 「停めて!」 そう叫んでいた。 キィッ!と高い音を立てて急停止した後、その顔が怒ってるのがわかる。 「アンッタねぇ!急に「ありがと!此処で降りるね!」」 急いでドアから飛び出すと力任せに閉めた。 何か言ってたけど今は気にしていられない。 とにかく地下に消えていった背中を追い掛けた。 降り慣れた筈のいつもの階段が何だかいつもと違うような、そんな気持ちになりながら静かに下りる。 一瞬、しかも後ろ姿しか見えなかったけど、間違いない。絶対に見間違えない。 あれはバーマンさんだった。 でも、こんな朝からBarへ何しに来たんだろう? まさかもう仕込みとか? 扉の前で突然我に返って立ち止まった。 つい勢いだけで此処まで来たけど、これで入っていったら凄いビックリされると思う。 姿を見かけたから追い掛けてきたって素直にそのままを言っても、ちょっと流石に気持ち悪い気がする。いくら会社が近くって言ってもさ…。 「……やめとこ」 完全にそこから先に進むのが怖くなって今下りてきたばかりの階段を引き返そうとした所で、ガチャと音と共にカランコロンと鐘が軽快に鳴った。 「………」 動きを止めるしかなくなった私に、中から姿を現したバーマンさんの目が見開かれる。 「……どう、した?」 やっぱり、めちゃくちゃ驚かれた。 珍しく言葉に詰まってるし1歩引いてる。 「…えーと、あー、会社行く途中で、姿がっ、えーと見えて…!あの、挨拶しようかなって!あーでも迷惑かな!って悩んでました!」 しどろもどろになりながら言った後で、バーマンさんの格好が違う事に気付いた。 いつもの制服姿じゃなくて、身に纏ってるのは青っぽいグレーの上下スエット。 何て言うんだっけ?確かスモークブルーとかそういう系統だな、と色の名前を考えていた所で 「そうか。世間は出勤時間か」 また驚いてる表情に首を傾げた。 それでもすぐ眠そうなものへと変わる紺碧の瞳に「あ」と声を上げてしまう。 「バーマンさんもしかして今から帰って寝る所…?だったり?」 だとしたらめちゃくちゃ邪魔をしてしまった事になる訳で、ちょっと顔が引き攣ってしまった。 「いや、今帰って来た所だ」 それだけ言うと外鍵を閉める手を目で追う。 その横顔が何か考えてるような表情をした後、口を開いた。 「昨日…いや、もう明けて今日だな。閉店後にカクテルグラスをバーマン仲間の元へ届けに行っていた」 「あ、それってこの間の段ボール?」 「そうだ。届けたのちすぐに帰るつもりが思いの外カクテル談議が盛り上がったためこの時間になった」 「へー、そうなんですね。良いなぁ、カクテル談議とか凄い楽しそう」 聞いてるだけでも絶対勉強になるだろうな…ってそうじゃなくて。 「じゃあやっぱりこれから寝に帰るんですね。すいません邪魔しちゃった…」 「聞いていたか?今帰って来た所だと言った」 「んん?」 ついつい大きく首を傾げてしまう。 「バーマンさんCalmに住んでる訳じゃないです、よね?」 「此処には住んでいないがこの上になら住んでいる」 そうして天を指す右人差し指を視線で追ってから、バーマンさんに戻した。 「…此処って私が就職してからずっと商業用ビルだったような…?」 「今もそうだ。ただ最上階のフロアを従業員の住居用として借り上げている」 「バーマンさんが?」 「師匠が」 「あぁ!あのWi-Fiを繋いでくれた!成程!」 何かこう、話を聞く限りだけどバーマンさんの師匠さんって相当羽振りが良さそうな気がする。 だからバーマンさんもあんまり利益には拘ってないのかも。 そしたら私がコンサルとか言ってるのって逆に迷惑なんじゃ… 「それより、此処数日店に来ていなかったが、何かあったのか?」 突然の質問に考えていた事を慌てて止めた。 「…あー、と…」 確かにフローズン・マルガリータを呑んでから足を運んでない。 でもたった3日だし気にもしてないだろうなって思ってたから、まさか今訊かれるとは思ってもみなかった。 「看板作るのにちょっと時間掛かっちゃってて…あと、ホームページのデザインもある程度上がってからの方が良いかなって思って…あとそれに毎日はやっぱり、その〜…迷惑かなぁ、とか…」 最後のは、やっぱり言わなきゃ良かったって秒で後悔した。 何故かって、その表情が見る見る内に不満げなものになっていったから。 「カクテルにはもう飽きたのか?」 「え!?飽きてません!飽きる所か気になるカクテルばっかり増えてってます!」 いつもわかりづらい表情なのに、何でだろう?何かちょっと、怒ってるのが伝わってくる。 「それなら気にせず呑みにくれば良いだろう。看板やホームページのために店から名前の足が遠のいては本末転倒だ」 「それはー、まぁ、そうなんですけど…」 じっと見つめてくる瞳に言葉を止めた。 簡単には直ってくれない機嫌にどうしようと狼狽えた所で、小さく欠伸をするバーマンさん。そっか、もしかしたら眠くて機嫌が悪いのかも。 これは素直に謝らないとダメなやつだ。 「…ごめんなさい」 その紺碧の瞳を見られず下を向いたまま沈黙が流れて、余計に顔を上げられなくなってしまう。 それでも 「…今日は来られるのか?」 穏やかな声が頭の上から聞こえて、恐る恐るそちらを見た。 表情もいつものバーマンさんに戻ってる。 「…あ、えーと…」 答えを考える内に階段を上り出す背中に続いた。 残業がなければ行けますって…? ううん、違う。 「行きます!開店と同時に来ます!」 力強く言い切った事で地上へと上がったその姿がこちらへ向いて 「待ってる」 なんて優しく微笑むものだから、突然朝陽に照らされたのも手伝って、クラクラと眩暈がしてしまう。 「…はい」 短く答えるだけで精一杯だったけど、その笑顔のお陰で決意が固まった。 昨日寝落ちする直前まで調べていたカクテル言葉。今日は、それを頼んでみようと。 もしバーマンさんがカクテル言葉を故意的に選んでいたとして、私がそれを頼んだら、どんな顔をするだろう? 今みたいに、微笑ってくれるかな…? Screw・Driver あなたに心を奪われた ← |